同時失認を呈した患者の注視点分析

医療相談開発部 長岡正範 ・山田麗子
病院神経内科 三輪隆子
第二訓練部 小野久里子

 洋服についた小さなごみを取り除くことができる、すなわち、要素的な視覚能力は存在するのに、対象が何であるのか分からない、視覚認知ができない状態は視覚失認と呼ばれる。更に、視覚失認にはいくつかのタイプが存在することが知られている。変性疾患にともない視覚失認を呈した一例を報告する。

 症例: 65歳、男性、右利き

 主訴:すっきり物が見えない

 診断:Posterior Cortical Atrophy(アルツハイマー病疑い)

 現病歴:4年位前(60歳頃)から、ゴルフのボールが見にくい、車の運転中に速度感がつかめない、鉛筆で字がうまく書けないなど、視覚障害に関連すると思われるエピソードが出現している。平成10年2月某大学脳神経内科を受診。統覚型視覚失認、失読、構成失行、着衣失行を、MRI上大脳頭頂葉から後頭葉の萎縮と血流低下が認められた。Posterior cortical atrophy(PCA)が疑われた。

 所見:性格は穏やかで、協力的。長谷川式 16/25。眼科的に視力視野を正確に測定できないが、生活の観察からある程度の視力は保たれていると推測された。

 点の大小、円・三角・四角など簡単な形、色などは区別できる。簡単な形の模写ができない、鍵・はさみ・ボールペン・時計など実物を提示しても何であるかわからないが、手で触れると認識されることから視覚失認(いわば統覚型)が疑われた。しかし、物品の提示、文字の提示に対して視点が別のところに固定し必ずしも対象を見ていない可能性が疑われた。そこで、患者にさまざまの図形、文字をコンピュータ画面上に提示しこの時の注視点を分析した。

 注視点分析:頭部を眼科用頭部固定台に置き、患者前方の赤外線発振器により角膜、瞳孔を照射し赤外線カメラで記録した(ISCAN瞳孔・角膜反射追跡システム)。サンプリング周波数は60Hzとした。

 形の認知ができない場合でも、線、点、面と刺激図形に応じた異なる注視点の運動パターンが見られた。種々の刺激を認知する過程には、受動的な受容器を通じての情報の判断に加えて、随意的な情報収集過程が存在すると予想される。本例の注視点分析は、刺激に応じた随意運動の存在を示した。また、視覚刺激の強い部分に視点が集中する傾向があり、別の刺激に視点を移すことが困難であった。点列の提示では、点が並んでいることを認識できたが、点の数を数えさせると一つの点を繰り返し数え常に実際より多い数を報告した。

 本症例は、同時に複数の視覚刺激を認知できないことが特徴であり、視覚失認のうち同時失認に該当すると考えられた。視覚認知に関わる神経機構について考察を行った。




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