運動誘発電位からみた長期身体不活動の影響

研究所・運動機能系障害研究部 山中健太郎

 ベッドレストなどの長期身体不活動によって、筋の萎縮、呼吸・循環能力の低下のほかに運動を制御する神経系、とくに立位時・歩行時の姿勢制御能力の変化が考えられる。一般に立位姿勢は、体性感覚・視覚・前庭感覚などにより大部分は自動的に制御されるが、皮質運動野からの随意的な制御も可能になっている。ここでは立位姿勢時の下腿筋群から、皮質運動野性入力の指標として経頭蓋磁気刺激(TMS)による運動誘発電位(MEP)を、体性感覚性入力の指標としてH-反射を、ベッドレスト前・後に測定して、長期身体不活動による姿勢制御への影響について検討することを目的とした。

 被検者は同意を得た健常な成人男性5名(23.4±3.7yrs, 172.6±4.4cm, 67.4±10.1kg)で、20日間のベッドレストの前後にH反射・M波およびMEPをヒラメ筋(SOL)・前脛骨筋(TA)から記録した。H反射・M波は膝窩の電気刺激により誘発し、刺激強度を変化させH反射・M波の振幅の最大値を求めた。TMSにはMagstim200のコーン・コイルを用い、刺激強度はベッドレスト前のSOLでのMEP誘発閾値強度(th)を基準に4段階(th+0%, th+10%, th+20%, th+30%)とした。各強度5回ずつ刺激しMEP振幅の平均値を算出した。H反射と各強度でのMEPは最大M波に対する相対値で示した(%Mmax)。また、脊髄運動ニューロン群に対する体性感覚性入力と皮質性入力との比較のため、MEPを最大H反射に対する相対値で示した(%Hmax)。ベッドレスト前・後の比較にはpaired t-testを用いた(P<0.05)。

 立位姿勢時のSOLのH反射はベッドレスト前→後で有意に減少したが、MEPはベッドレスト前→後で有意な変化はみられなかった。しかし、MEPを%Hmaxでみるとベッドレスト前→後で有意に増大した。TAでは個人差が大きかったが、ベッドレスト前→後でH反射にほとんど変化はみられず、MEPは増大する傾向がみられた。

 これらの結果は、ベッドレスト後の立位時には下肢筋群の脊髄運動ニューロン群への体性感覚性の入力は低下し、相対的に皮質性の入力の割合が増大していることが示唆された。立位姿勢時を維持する必要から、ベッドレスト中には機能する機会が減少していた体性感覚性の伸長反射をより強く抑制し、ある程度正常に機能していた視覚系・前庭系、あるいは皮質性の制御に依存する割合を高めていると解釈できよう。




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