診療部精神科 | 浦上裕子 |
人間の発汗活動は一般的に、運動に伴う体温上昇や熱暑環境による体熱放散である 「温熱性発汗」と、情動的変動や精神的緊張によって発生する「手掌部発汗反応(精神性 発汗)」の2種類に大別できる。温熱性発汗は手掌・足底を除く全身に分布し視床下部が 体温調節中枢である。一方、精神性発汗は常温において手掌・足底で、情動的変動によって 瞬時に微量の分泌を示すことが特徴であり、体温調節とは関連せず、その中枢は大脳辺縁系 (扁桃体・海馬)や前頭葉皮質にあると想定されている。われわれはこの現象を情動活動の 生物学的指標として臨床研究・応用してきた。過去4年間の間に当センター病院診療部に おいてインフォームド・コンセントが得られた脳損傷・脊髄損傷例を対象に、2チャンネル デジタル発汗計(Kenz Perspiro201)を用いて記録した手掌部発汗反応・温熱性発汗に ついて発表した知見を報告する。
脊髄損傷例16例を対象に精神疾患の既往のない例と合併する例における手掌部発汗 反応について検討した。頚髄損傷6例では発汗反応は出現せず、胸髄損傷6例(Th7以下) の障害レベルの症例で反応が認められ、発汗反応も脊髄障害レベルとの関連性があった。 精神疾患を合併する脊髄損傷例では精神症状と比例した発汗反応が認められた。
脳血管障害後の前頭葉病変例2例の手掌部発汗反応を検討した。臨床経過における 気分状態の変化(活気のなさ、意欲減退、抑うつ的・混乱)が発汗反応や発汗基礎分泌量 (前腕部局所発汗量や精神性発汗量)を抑制し、薬剤(SNRI ・ZNS)が発汗基礎分泌量を 変化させた。
くも膜下出血後の臨床経過(発症から3ヶ月から1年2ヶ月の間)における継時的 発汗反応の変化・特徴を示した。認知障害との関連から、「慣れ」の現象や「構え」 反応が生じにくく、精神機能の改善や「課題失敗」を認識することで発汗反応が変化し、 記憶障害や環境の変化による「混乱」した気分状態が発汗反応と関連した。
健常10例の課題遂行中の発汗反応について検討した。不安の高低は課題の注意検査結果 や課題遂行中の発汗反応との関連性はなかった。課題遂行中は8例で中等度以上の発汗反応が 出現し、高度に注意・集中する2例では発汗反応が亢進した。注意と同時に働く動機づけ (motivation)が発汗反応に関与した。
脳損傷10例では、9例で課題遂行中発汗反応が抑制・減衰した。脳損傷後の注意障害 との関連性・他の認知障害や動機づけとの関連が認められた。