網膜細胞で発現している遺伝子の網羅的解析

研究所障害工学研究部 加藤誠志、大床国世
東洋大学工学部 押川未央、安藤祐一郎、筒井千尋、宇佐美論
日立計測器サービス(株) 木村知子

はじめに

 外界から眼に入った光は、眼の網膜を構成している光受容細胞・網膜色素上皮細胞・ 視神経細胞において、様々な蛋白質の働きによって電気的信号に変換され脳に伝えられる。 もし、これらの蛋白質が正常に働かなくなると視覚障害を引き起こす。蛋白質の構造や 生産量は遺伝子によって決まっているので、遺伝子に異常があると正常な蛋白質が作られ なくなり、網膜細胞が変性して網膜色素変性症と呼ばれる病気が引き起こされる。 これまでに、網膜色素変性症の原因となる遺伝子(すなわち蛋白質)が40種類以上 見つかっているが、そのほとんどが光受容細胞や網膜色素上皮細胞で特異的に発現している 遺伝子である。しかもまだ未発見の原因遺伝子が多数あると考えられている。

目的

 我々は日本人の網膜色素変性症の患者さんの原因遺伝子を探索することを目的として 平成13年度から本研究を開始した。原因遺伝子の多くは網膜細胞で特異的に発現している ので、光受容細胞や網膜色素上皮細胞で特異的に発現している遺伝子をすべて集め、これら の遺伝子が患者さんにおいて変異しているかどうかを網羅的に調べるという方法をとること にした。

実験方法

 ヒト網膜色素上皮細胞株ARPE-19を大量培養し、mRNAを調製した。このmRNAを鋳型にして、 我々が新しく開発した方法を用いてcDNAライブラリーを作製した。cDNAの部分塩基配列を決定し、 ARPE-19細胞で発現している遺伝子の分類を行なった。これらを既知のヒト遺伝子データベース と比較し、網膜色素上皮細胞で特異的に発現している遺伝子を同定した。

実験結果

 新しく開発した方法を用いて作製したcDNAライブラリーは、従来法で作製したものに 比べ、完全な遺伝子の含有率が著しく高い高品質のライブラリーであることが示された。 これまでに、約10,000個のcDNAの部分塩基配列を解析し、網膜色素上皮細胞で特異的に 発現していると考えられる遺伝子を50種類以上同定することができた。

今後の方針

 インフォームド・コンセントを得た網膜色素変性症患者さんの血液からゲノムDNAを 調製し、今回同定した網膜色素上皮細胞特異的遺伝子に対応する部分の塩基配列に変異が あるかないかを調べる。原因遺伝子が特定できたならば、これらの遺伝子変異による 網膜細胞の変性機構を解明し、遺伝子治療や網膜変性抑制剤の開発につなげる。




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