国リハニュース

第373号(令和5年秋号)特集

特集『聞こえのリハビリテーションとコミュニケーション支援』

「わからないことは通訳できない」

学院 手話通訳学科 主任教官 木村 晴美

 現在、手話通訳学科は2年生(33期)11名、1年生(34期)8名の計19人が在学している。学科の最終目標は手話通訳技能認定試験(手話通訳士試験)の合格だが、通訳者にとって合格はゴールではない。手話通訳士になってからの自己研鑽が不可欠だ。

 あたりまえのことだが、自分が理解できないこと、わからないことは、通訳できない。通訳プロセスは「受容→理解→翻訳→訳出」である。第一段階として、起点言語で話された内容と意図を理解することができなければ、次の段階に進むことができない。通訳者は、起点言語(SL:Source language)と目標言語(TL:Target language)の両方において、高い言語運用能力が求められる。手話通訳者は、日本語と日本手話の2つの言語を自在に操れる能力を身につけていることが前提となる。だが、学科の学生は、日本手話の習得に熱心である一方、第一言語である日本語は疎かにしがちである。第二言語の能力が第一言語の能力を上回ることはない。よい手話通訳者になるには、まず、日本語の読み書きのスキルを磨くことが重要である。そのために、学科では、RST(リーティングスキルテスト)と日本語検定の両方を受けるようにしている。RSTでは社会人以上の成績、日本語検定では2級以上の成績をとることがのぞましい。

 次に必要なのは、言語外知識(ELK:Extra-Linguistic Knowledge)である。言語外知識はその言語が使われている国の文化、歴史、常識といったものから専門的な知識まで多岐にわたる。日本語の場合は、日本文化、日本の歴史、日本の常識を知っている必要があるし、日本手話の場合は、ろう文化、ろう歴史、ろうに関するさまざまなこと(ろう当事者団体、デフリンピック等)についてよく知る必要がある。例えば、「ふるさと納税」をテーマにした講演なら、日本の税金のしくみに関する知識が必要になるし、病院での通訳なら、受診の流れ(受付で保険証提示、問診票への記入等)や、医療に関する知識等が必要になる。それらを強化するため、学科では、ニュース時事能力検定を年に2回受けるようにしている。

 手話通訳は、通訳という行為を通して、ろう者と聴者をつなぐ仕事であるが、言葉の翻訳だけでは、その仕事を遂行できない。その話者の言わんとすることを理解し、何を求めているのかを瞬時に察し、その場にあった適切な訳出を心がけなければならない。

 日本手話がとびぬけて堪能な卒業生に通訳してもらったときのことである。日本手話の表出は問題ないが、通訳はまったくできなかった。通訳の事前準備を怠ったために、話者の話すことが理解できなかったのだ。その卒業生は、その日を境に「事前準備の鬼」となり、現在では、我が国でもトップレベルの手話通訳者になった。

 手話通訳学科では、「わからないことは通訳できない。」そのあたりまえのことを、学生が身をもって知るために、日々奮闘中である。

■学院 手話通訳学科のご紹介(国リハホームページ内)
http://www.rehab.go.jp/College/japanese/yousei/si/

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