国リハニュース

第374号(令和6年春号)

特集『高次脳機能障害 リハビリテーション医療と障害福祉サービス』

高次脳機能障害の診療とリハビリテーション

病院 第三診療部長 浦上 裕子

 高次脳機能障害支援モデル事業が開始された1年前の平成12年に、国立身体障害者リハビリテーション病院(現在の国立障害者リハビリテーションセンター病院)に高次脳機能障害病院作業部会が設置されました。「高次脳機能障害」に対する共通認識がなかった当時、リハビリテーションを推進するために病院が最初に取り組んだことは、①高次脳機能評価内容を統一し、生活スケジュール・訓練プログラムを立案すること②病院と更生訓練所(現在の自立支援局)との連携を強化し、医学的リハビリテーションが終了したあとに生活訓練から就労にむけた訓練に円滑に導入できるように連続したリハビリテーションを行うこと、この2点でした。

 ニューヨーク大学ラスク研究所の包括的訓練プログラム(Comprehensive(holistic)Day Treatment)では、対人コミュニケーションの集中的な訓練を通じた治療の中で高次脳機能障害者が「自己」を再構築するまでの過程を支援することが重要と考えられています1)。包括的訓練プログラムの基本原則には、①記憶・注意・神経行動障害によっておこる対人関係、心理社会的、情動的問題に対して焦点をあてる②統合された多専門職によるチームを編成し、③気づき、受容、社会的技能に対してグループ訓練による介入を行う④Significant Others(家族・キーパーソン)を含める⑤職業訓練、自立訓練へとつなげる⑥帰結(効果)を判定することがあげられています(以下基本原則①~⑥)。

 国立障害者リハビリテーションセンター病院では、時代の変化に対応しながら、モデル事業開始時の取り組みを継続し、ラスク研究所の基本原則を遵守しながら、リハビリテーション医療を提供しています。

 日常生活や社会生活に支障をきたしている症状を、本人の主訴と神経学的所見、受傷・発症からの病歴と画像(頭部CT,MRIなど)、行動観察、家族からの情報等を統合的に判断して高次脳機能障害の診断を行います。たとえば、受傷後に「新しいことが覚えられない、つい最近の出来事を忘れてしまう」という症状が出現したのであれば記憶障害が、「ミスが多い、複数のことを一度に処理できない」という症状があれば注意障害が疑われます。脳が損傷された領域によって特徴的な症状(側頭葉内側部であれば記憶障害、左下前頭回であれば失語など)が出現する場合もあります。

 記憶・注意・遂行機能・言語機能は、課題や質問紙による検査を用いて定量化することができます。多専門職(医師・看護師・理学療法士・作業療法士・言語聴覚士・臨床心理士・運動療法士・医療ソーシャルワーカー)でチームを編成し(基本原則②) 、症状の程度を評価し、目標(復職・復学など)を設定し、目標達成にむけたリハビリテーション計画をたてます。日常生活や社会生活に支障をきたしているどの症状に焦点をあててリハビリテーションを行うのか(基本原則①)、たとえば記憶障害が重度であれば、「記憶の代償手段を用いて誤りなし学習を繰り返す」、注意障害が主症状であれば、「注意課題を用いて機能回復を促す」などの介入方法をチーム全員で検討します。短期間で機能回復が期待できる場合には、本人・家族の同意を得て、訓練時間を密に組んだ集中的訓練プログラムを実施する場合もあります。

 脳損傷後には「自己意識性」(気づき)が障害され、自分の障害に気がつきにくくなります。自己意識性の障害に焦点をあてた少人数のグループ訓練を導入することによって、自分の脳損傷の理解が深まり、不安や孤立感が減少し、相手の立場にたった言動が増え、自分の行動を変えていこうという行動変容につながる場合があります(基本原則③)。

 高次脳機能障害者のご家族も本人以上に混乱し不安を抱えているため、ご家族も訓練プログラムに含める必要があります(基本原則④)。病院では入院や外来のご家族を対象として「高次脳機能障害者のご家族のための学習会」を開催し、高次脳機能障害の情報提供を行う教育的支援と、ストレスや孤立感の軽減を目的とした心理的支援を行っています。

 病院で復職を目標としたリハビリテーションを実施した高次脳機能障害者の就労率は約30%です(基本原則⑥)。病院の訓練だけで就労に至らない場合は、自立支援局と連携して、連続した治療環境の中で就労にむけたリハビリテーションを提供する場合もあります(基本原則⑤)。

1)監修Yehuda Ben-Yishay,大橋正洋.著 立神粧子. 前頭葉機能不全その先の戦略 Rusk通院プログラムと神経心理ピラミッド.医学書院.2010.