国リハニュース

第374号(令和6年春号)特集

特集『高次脳機能障害 リハビリテーション医療と障害福祉サービス』

多専門職によるリハビリテーションアプローチ

病院 リハビリテーション部 作業療法士 堺本 麻紀
副言語聴覚士長 北條 具仁
心理療法士 野口 玲子
心理療法士 原﨑 香織

 病院のリハビリテーションでは、複数の専門職で高次脳機能障害の評価を行い、ご家族の希望や心理状態を共有し、目標を統一してリハビリテーションを実施、地域社会や職場・学校などと連携して社会参加にむけて環境調整を行います。

 課題や質問紙を用いた検査と行動観察による評価は、記憶機能に関しては臨床心理が、注意機能に関しては言語聴覚療法が、遂行機能に関しては作業療法が分担して実施し、その結果をチーム全体で統合して共有します。ご本人の意向を確認しながら、共通した目標に向かって訓練は多専門職で連携して取り組みます。集中的訓練プログラムやグループ訓練を導入する場合もあります。

 ご家族や支援者に対し、ご本人への適切な対応方法や環境作りを助言します。家族支援として「高次脳機能障害者のご家族のための学習会」を開催し、医師・療法士・医療ソーシャルワーカーらの講義により高次脳機能障害の知識を深め、ご家族様同士が悩みを共有し、情報交換を行えるように支援しています。

<注釈>
記憶機能:新しいことを覚えることや、過去の出来事を思い出すこと
注意機能:集中を続けることや、必要な情報にだけ反応すること、考えや行動を柔軟に切り替えること
遂行機能:目的のある一連の行動を手順通りに、予定に合わせて、手際よく行うこと

多専門職のイラスト

<作業療法>

 当院の作業療法士の役割は、日常生活や社会生活にどのような障害が生じているかという視点から高次脳機能障害をとらえ、自宅や地域での生活、学校・職場環境での活動の充実をはかることです。ご本人が生活上で不自由感を感じていることについて、障害された機能の改善をはかり、残された機能や外的な補助手段を利用する、環境を整えるなど、適切な方法を提供することで、適応していけるように促していきます。

 標準化された検査だけでなく、会話や実際の生活場面での行動を観察し、生活上の不自由感の背景にある高次脳機能障害を評価します。

 作業療法では、手工芸や生活動作、事務作業など具体的な作業を通すことで意欲を引き出し、達成感を得ながら、特に「注意機能」「課題の遂行力」「障害の自己認識」の改善に働きかけています。たとえば、気が散りやすい場合には、パズルやゲームなど興味・関心のあるものから始めて集中できる時間を徐々に延ばします。物事を計画的に遂行できない場合には、工作の完成見本を見て手順を考え、計画書を作り、それをもとに作品を作製し、計画は正しかったかなどを一緒に確認します。障害の自己認識が深まり難い場合には、電卓計算や手順書に従って遂行する手工芸など正誤が明確な作業を行ってもらい、どのような流れの中でミスが生じるのかを一緒に確認し、正確に行うための対策を考えます。また、復職や職場復帰が目標の場合には、より学校や仕事に関連した具体的な作業課題を通して、学生または職業人としての基本的資質や能力を評価し、必要な支援を行います。

<言語聴覚療法>

 当院の言語聴覚士の役割は、高次脳機能障害が及ぼす言語・コミュニケーションへの影響を軽減し、コミュニケーションの向上や言語を介した活動の改善をはかることです。また、ご家族や第三者がご本人を理解した対応を取ることができるように支援します。

 評価は言語を介した言語性のものと、言語を介さない非言語性のものを用いて、注意機能や言語の知識および運用面、判断力、抑制力などを確認します。注意機能と現状認識の改善を目的に、文章読解や作文などの言語性課題と、電卓計算や迷路などの非言語性の作業課題をバランスよく用いて訓練を行います。またご家族や第三者から得た受傷・発症前の情報と評価結果を総合し、その変化をふまえてアプローチします。

 言語性の課題を通してご本人の考え方や感情の波を把握し、異なる立場の意見や考えをどう受け止めるかを話し合うことで、言語・コミュニケーション能力に働きかけます。

 非言語性課題では、開始前に手順を確認し、前回の結果をもとに今回はどのような点に注意するかを話し合います。終了後に結果のフィードバック(数字の見落としがあったなど)を行ないます。そこで、自分ではできたと思ってもミスが生じている場合があることに気が付き、どう対処すればよいか(メモをとる、見直す、確認するなど)を自覚することで、本人の行動の変化につなげていきます。

 記憶障害があると同じ話を何度も繰り返す場合があり、注意障害があると相手の話を聞かずに一方的に話し続けるなどコミュニケーションにも障害が生じます。このような変化をご家族と一緒に認識し、「同じ話であっても受け止めてあげる、話題を切り替えてあげる」など会話のキャッチボールが成立するようなコミュニケーション環境の整備を行っていきます。

<臨床心理>

 当院の心理療法士の役割は、認知機能面へのアプローチに加えて、ご本人が自身の状態への気づきを深めながらも自己を肯定し、新たな生活に前向きに臨むことを支援することです。加えて、ご家族や周囲の人々がご本人の適切な支援者になれるように、正しい知識や適切な対処方法を伝え、主体的な生活を送れるよう支えます。

 評価は受傷・発症後の記憶機能の変化のみならず、知的機能、気分・感情の状態について、面接・行動観察・課題や質問紙を用いた検査や第三者からの情報も踏まえて総合的に行います。

 臨床心理では、個別訓練を中心に、認知機能の改善や自己理解の促進、代償手段の獲得に向けた訓練を行います。特に記憶障害については代償手段としてメモリーノートやスマートフォン等を導入し自立的な生活に向けて支援します。また、日々のエピソードの振り返りを通じて自身の症状に気づく機会を増やし、対処方法の習得に向け働きかけていきます。

 ご本人は周囲の状況や自己を客観的にとらえにくい傾向があるため、環境への適応に時間を要します。加えて、見えない障害であるため周囲に障害を理解されにくく、二次的に抑うつ感や不安、混乱、喪失感など心理的反応を生じることがあります。心理療法士は日常生活の中で生じるさまざまな経験に起因する感情に寄り添いながら、事実を整理し、対処方法を検討するなど、ライフステージの変化に沿った長期的な支援を行います。