〔随想〕 |
小さなチャレンジ |
更生訓練所長 佐藤 徳太郎 |
昨年、理療教育課程(理教)の忘年会に出席した折りに、理教の先生から「ひとつ、
授業をやってみませんか」と話を持ちかけられた。ためらいもあったが、チャレンジし
てみることとなり、どのように講義を組み立てようかと思いを巡らした。それは、生化
学の授業で、テーマはミトコンドリア遺伝子とのことであったので、解糖、TCAサイク
ル、β−酸化、内呼吸からmDNAと複合体の関係やミトコンドリア異常症へと型通りに
進めれば、非常にダイナッミクな代謝の話で、授業のし甲斐のあるところであった。
いよいよ授業の準備に取り掛かった時に、視覚障害者は事象の関係について視点を色
々と動かしながら理解するのが困難であろうから、授業の資料は複雑にならないように
しなければと考えた。そこで、話す項目を箇条書きにし、話す順序に番号を付けること
とした。
たとえば、
(1) トコンドリア:酸化的リン酸化(2)によってATPを合成する。
(2) 酸化リン酸化:脂肪酸のβ−酸化で生成されたNADHは、トコンドリア内膜の複
合体(3)よって ―-
(3) 複合体
のように、1つのことを話し、その説明すべき事項は次の番号のところに置くようにア
レンジしてみた。
また、視覚障害者には、図で説明することが難しいだろうと思っていたが、そうでは
ないとの指摘をいただき、出来るだけ簡略化した説明図を1枚入れることとした。
いよいよ、実際に授業を始めてみて、弱視の方は墨字のものや拡大鏡を使用すること
で良かったが、全盲の方への図の説明に手間取り、こちらの不慣れもあり、慌ただしい
授業となった。用意した図の説明では、「右上にピルビン酸と書いてありますね」と言
っても、なかなかピルビン酸と書いてある場所を分かってもらえず、私がその場所に指
を持っていってあげる必要があった。そのうちに、「3時の場所に」とか「8時の場所
に」というように時計のイメージを使うことで図の説明は少しは楽になったが、まだま
だ不十分であった。授業の後で、説明図の辺に地図のように数字とアルファベットの印
をつけて、「1−Bのところにピルビン酸と書いてありますね」と言うように説明すれ
ば良かろうかと思ってみた。また、変化を示す矢印は同じ太さの一本の線と矢尻が一
つでは、どの方向に辿れば良いのか分からなかったろうと反省した。この点については
、矢尻のようなものを何個かつけて方向を示すか、線の太さが変わるようにするのが良
かろうかとも思ってみた。いずれ、図を使うこともあまり控える必要はなさそうであっ
た。
今回、私の授業を受けた方は、こちらが初心者なため、大いに当惑したことであろう
。しかし、視覚障害者に対する授業では、これまでにいろいろな工夫がなされているこ
とであろうことも考えれば、視覚障害者への医学教育は可能であるとの感触を得ること
が出来た。また、良い教材があれば、相当の部分を自己学習できるであろう。そのため
の教材作りが最も重要な課題であろうと考えた。
今、欠格条項の廃止が検討されているが、タイムリーにチャレンジの機会をいただい
たと感謝している。