〔随想〕
食物と健康
研究所 運動機能系障害研究部長 赤居 正美


 昨今のテレビ番組はどのチャンネルを回しても、食 べ物番組が目白押しである。不況とはいうもののグル メブームは止まるところを知らず、日本人の食欲は少 しも衰えてはいないようだ。従来の西洋料理、中華 料理に加え、エスニック料理という形でさらなる国際 化も進行中である。さすがにかの中国人ほどではない にしても、我々日本人も大抵のものを食べている。
 世界にはムスリム(イスラム教徒)やユダヤ教徒 を中心に、食物にも種々の宗教的制限を持つ人々がい るかと思えば、こうした流行はある種不思議な気もす る。昨年秋にインドネシアにおいて味の素の豚酵素混 入事件があったことは記憶に新しいし、個人的にもイ スラムの宗教儀式に則った食材であるハラール食の入手 に苦労したことがある。
 こうした人々の存在を考えると彼我の差に驚くばかり であるが、そんな日本人の中でも、カロリー計算を し、体重計を気にしつつ食事をしたり、健康食品に 著しく凝る人もいて、これもまた一種の宗教的禁忌か と疑ってしまう。「身体に良い」食事というのは日 本人にみられる唯一の食物に関する禁忌あるいは行動規 範なのかもしれない。外来の一般診療でも「健康に 好い」食べ物に関する質問は極めて多い。
 美食へのあこがれで別にかまわないし、本人が好き なものを食べればよいと思うが、こうした際にも健康 食品というお墨付きが好きなのかも知れない。しかし ながらそのお墨付きの論拠は概ねワンパターンで、A 物質はコレステロールを分解するないし中性脂肪を減少 させる、だからA物質を多く含むB食品は身体によい とする類の議論である。ビタミン剤やカルシウム剤が その代表であるが、実験系である反応が存在しても、 人体内で同じことが起こるかは保証の限りではない。 どうすれば食品からうまくA物質が吸収され、体内 で作用するか、B食品の過剰摂取で有害なことは生じ ないかが確認されなければならないはずである。
 一般に不足状況の再現は容易で、ある栄養素が欠乏 すると疾病につながり、その栄養素が生体にとってど のような作用を果たしているかの証明は比較的簡単であ る。しかしながらその栄養素を余分に取ったとしても 、特異的な促進効果が保証されているわけではないの だが。
 典型的な例に骨粗鬆症の治療としてのカルシウム摂取 がある。カルシウム摂取のよろしきを得て、首尾よ く骨が強くなっても、今度は別の病気の可能性がある 。骨粗鬆症の女性は腰痛に悩まされ、圧迫骨折の危 険があるのだが、逆に骨がしっかりしていると今度は 骨棘形成につながり、神経根や脊髄の圧迫要因になり やすい。こちらでも下肢がしびれて痛むという状況に 至る。
 現在の栄養学では、30余の食品をまんべんなく取 るのが最善であり、何よりもバランスが重要と云われ ている。しかし特効薬信仰というのであろうか、何 か一つの特定食品に期待するというのもなかなか無くな らない。その反面、明らかに健康に悪いことが証明 されていながら、喫煙や肥満が余り減少しないのもお かしな話である。
 こうした傾向の行き着く先はどうなるのであろう。 一斉に同じ方向にみんなが向くというのは余り「健康 」な状況ではないようだ。せいぜい気を付けて、 身体には良くなくてもおいしいものを食べようか。