〔随想〕
リハビリテーションと遺伝子
研究所 障害工学研究部長 加藤 誠志

 ここ10年間、ヒトの遺伝子を集めることに専念して きた。ところが、4月から縁あって国リハセンター研究 所でリハビリテーション工学の研究を始めることになっ た。私にとっても全く予期せぬことであったが、知人も 皆不思議がる。遺伝子とリハビリテーションと何か関係 があるのと。私自身は遺伝子研究を始める前は、工学部 出身でありながら医学部の生理学教室で筋の研究をして いたので、こちらにきて全く違和感はなかったが、確か に前歴をご存知ない方には不思議がられても仕方がない 。そうはいっても、リハビリテーションと遺伝子はすぐ にはつながらないように思える。そこで、この機会に両 者の関係について私の考えを述べてみたい。
 身体の障害は、大きく二つの型に分けられる。怪我や 病気などによって体の一部が損傷を受けた場合と、体の 設計図である遺伝子の変異によって器官がうまく機能し ない場合である。このような障害を有する人たちの失わ れた機能を回復するのがリハビリテーションなのだから 、後者の障害を考える場合、その根本原因である遺伝子 の問題は避けて通れないはずである。ただ、これまでは 技術的基盤が熟していなかった。しかし今事態は大きく 変わろうとしている。
 新聞・TVで騒がれているようについ最近ヒトゲノム の解析がほぼ終了し、ヒトの全遺伝子がほぼ明らかにな った。これによって一体何が判ったのか。遺伝子は蛋白 質の構造に関する情報を持っているので、我々の体を構 成している蛋白質という部品の構造が推定できるように なった。その結果、病気や障害がどの遺伝子すなわち蛋 白質がうまく機能しないために起こるのかを知ることが 容易にできるようになった。
 それでは、原因遺伝子がわかると障害をなくすことが できるのであろうか。間違いなく近い将来できるように なるだろう。現在、遺伝子治療と再生医療という二つの 方向で研究が進展している。前者は病因遺伝子を正常遺 伝子と置き換える方法であり、後者は障害のある器官そ のものを正常なものと置き換える方法である。いずれも 夢物語ではなく、動物実験では成功例も聞かれるように なった。このような治療法を開発する上で、細胞の設計 図である遺伝子の情報は不可欠であり、ここにおいて私 がこれまで関わってきたヒト遺伝子解析研究が役立って くる。
 障害がなくなればリハビリテーションはもう不必要か といえばそうではない。新しい部品や器官(ハード)で 置き換えられたとしても、それを実際に機能させるには 、リハビリテーションが必須である。この時のリハビリ テーションとは、初期化されたコンピュータに新しいソ フトウエアを組み込むことに相当するわけで、これまで 以上に新しい訓練技法が必要とされるかも知れない。ハ ード、ソフトいずれにおいても新しいリハビリテーショ ン医学・工学が必要になってくる。
 ヒトゲノムプロジェクトの結果判ったことは、我々は 程度の差こそあれ、全員遺伝子変異に起因する何かしら の障害を持っているということである。この障害が各人 の個性を形作っていることでもあるので、果たして障害 という負の面を強調した言い方が正しいのかどうか疑問 も残る。ただ、QOLを大きく損なうような障害に対し ては、遺伝子治療といった根本的な治療も考えていかね ばならないし、そのための技術的な基盤を準備するのが 我々の役目であろう。今後、自分の遺伝子情報が手軽に 入手できるようになり、かつそれを改変することが可能 な社会が到来するのは間違いない。障害の有る無しにか かわらず、我々全員が遺伝子の問題を自分の問題として 考えていかなければならない時代になってきている。