〔随想〕
研究会の講演から
学院長 矢野英雄

 社会に出て34年になりますが、これまで多くの方々 にお目にかかりました。人との出会いは書物から学ぶ歴 史と異なり毎日を手探りで生活するときのマイルストー ンでありました。
 学生時代に強烈な刺激を受けた先生で、今年齢86歳 を重ねた老研究者、大島正光先生の講演をある研究会で 司会する機会に恵まれ、再び印象深いお話しを聞きまし たので本日はこのお話しご紹介させていただきます。
 先生の講演は、「21世紀に巣立つ若い研究者へ」の タイトルでME(医工学)やリハビリに関わる若い研究 者に向けた教育講演でありました。
 先生は長い研究生活を振り返り、21世紀を担う者に 実学の社会への還元の方法について考えるところをご披 露されました。
 1つ目の話しは先生が関わったいくつかの研究の軌跡 の紹介でありました。はじめは、ME学(医用工学)の 創設と航空医学の立ち上げの話しでした。MEの創設に よって、医学と工学を連携する研究が始まり、人間工学 などの学会を生み出す出発点となりました。現在ME学 や人間工学が発展して福祉の工学の道を開くこととなり ました。また、航空医学は宇宙医学へ発展して重力環境 を調べる科学の端緒となっております。重力科学は高齢 者の転倒問題だけでなく起立して移動する人の歩行の研 究の基礎となりつつあります。次の研究は、コンピュー タサイエンスの話しでありました。昭和40年代はコン ピューターユートピアの時代の到来を告げる現在のコン ピュータサイエンスの黎明期でありました。当時のコン ピューターサイエンスの大切な一つとして、コンピュー ターを使った機械、機器、工場などの労働に関わる現場 の自動制御学がありました。先生は、コンピューターサ イエンスを作業現場で働く人々の労働安全と労働効率に 関わり研究をされ、現在のメカトロニクスへの発展につ いてお話しされました。ここでは、人間工学の話しにも 触れられ、人間工学が行なった、人の体型や機能に合わ せた室内用具・器具や工場の設計基準を作ったお話しで ありました。いずれも現在の病院や福祉施設の世界で重 宝されている研究であります。 
 先生は、大学を退任された後は専ら健康科学の研究に 従事されました。ここでは心身の健康評価メジャーとし て人と人の交わりを量的に評価する健康指標や精神的活 動の指標の側面から研究されました。
 この教育講演でされたお話を通じて、応用生理学を起 点とした医用電子、医用工学の専門家がどのような経緯 で人の生活、特に人が生活するときの精神活動の研究へ 傾斜していったかその必然性についてお話しがありまし た。
 研究の詳細は割愛いたしますが、先生がここで伝えた かったことは、いずれの先端技術の研究であっても、実 用化を図る最終的段階では人がこれを使うのであり、受 益者である人にとってどのように貢献できるのかが問わ れると述べられました。とりわけ21世紀の先端技術の 開発は、人の健康や精神生活への貢献の度合いで評価さ れる時代の研究であること、そして人の健康や精神生活 への貢献の姿勢が福祉科学の基礎を支える哲学であるこ とを洞察し、警告した話しでありました。
 2つ目の話しは、目的達成への道程をモデル化するこ とについてのシステム理論の話しでありました。ここで は、豊かな成果が得られる研究を行なうためには、明確 な研究目的を定めることがはじめに重要であると力説さ れました。次いで、研究に必要な基礎知識の集積と解析 が研究を始める前に充分検証すべきであると述べられま した。また、基礎的研究を実用的分野へ展開するために は、専門とする領域と異なる2つ乃至3つの領域を交流 させて初めて生まれると説きました。これを証明する事 例には枚挙の暇がありませんが、棟方志功がパリ遊学で 勉強した絵画の制作では芽が出ず、版画に転向して努力 が開花した話しを彷彿させるものでありました。
 講演は、内容が硬い内容にもかかわらず、平明な言葉 で語られ、先生のエスプリと軽妙な洒落がふんだんに取 り入れられたもので、丁度村の翁が子供に物語るに姿に 似て、何故か心休まる穏やかな講演会でありました。長 寿は高齢化社会の知恵袋と感じた次第であります。
 21世紀は、治療が難しい重度の障害を持って生活す る人々がますます多くなることでしょう。これら障害あ る人々のリハビリや福祉に日夜努力されている国リハニ ュースの読者の皆様にとって、先生のお話しが1つの清 涼剤になればとここにご紹介させていただきました。