〔海外レポート〕
「JICAチリプロジェクト報告」
−チリ・リハビリテーションプロジェクト中間評価調査団報告
国立身体障害者リハビリテーションセンター学院長 長岡正範



 2000年8月から5年間の予定で、南米チリ共和国の首都サンチャゴにある、ペドロ・アギィレ・セルダ国立リハビリテーションインスティテュート(以下、「INRPAC」と略す)に対するJICAのプロジェクトタイプ技術協力が開始されました。INRPACは小児から25歳までを対象とする、チリ唯一の国立小児リハビリテーション病院です。日本側は、当センターを中心に、整肢療護園などの病院や肢体不自由施設が参加する国内委員会を設け、協力体制を敷いています。開始から2年が経過しました。この間、チリからは医師、理学療法士、作業療法士、言語療法士、看護婦、管理栄養士、医療ソーシャルワーカーなど合計11名が、わが国の関連する病院や施設で研修を受けています。日本からは、2名の長期専門家と調整員のほか、延べ21名の短期専門家が現地に赴いて活動を積み重ねてきました。
 プロジェクトの活動目標は、(1)リハビリテーション診断、評価、治療技術の改善、(2)リハ・ケアシステムの改善、(3)地域リハビリテーション・システムの展開、(4)臨床データベースの構築、(5)臨床研究の促進、(6)リハに関わる人材育成、(7)利用者とのコミュニケーション促進などです。これらを通じて、INRPACの利用者、チリ障害者の社会参加が促進されることなどが期待されるというものです。
ヌーニェス院長、パトリシア・メンデス先生と佐藤総長、INRPAC前庭にて  平成14年11月2日から15日まで、佐藤総長を団長として、私とJICAの担当者、通訳、一足先に現地入りしていたコンサルタントと5名(最初の1週間は、短期専門家として訪問中のむらさき愛育園の児玉和夫先生が加わり6名)で、プロジェクト中間評価の日本側調査団としてサンチャゴを訪れました。業務は、2年間の活動状況の評価と今後の3年間に向けての方向性を、チリ側と協議しレポートを作成することでした。
 到着の翌日から、チリ側評価委員(チリ厚生省、INRPACを管轄する東部首都圏衛生局、国立障害者基金)による活動評価のための指標に関する提案などをめぐり、熱の入った議論が繰り広げられました。私は、1997年にはじめて現地に調査に赴いてから今回で6回目の訪問でしたが、特に、プロジェクト開始後2年間で、患者数も増え病棟も活気にあふれ、INRPACの活動性が向上したという印象と、今回の評価会議におけるチリ政府機関の委員の活発な意見に、INRPACを取り巻く周辺がこのプロジェクトに対して抱いている期待を強く感じました。
 2年間で、(1)から(7)の活動それぞれの目標が具体的になってきました。リハ技術として、ボバース法などを専門職が治療技術として活用すること、病院内の各セクションの業務マニュアルを作りケアの効率性を図ることなどがその内容です。データベース、臨床研究、人材育成などは、開始されているものもありますが、今後さらに活動を観察していく必要があるでしょう。2年間の相互の交流を経て、チリ側にどのような技術を伝えるか、その為には、わが国での研修をどのように組むことが有効かなど、日本側でも学ぶべき内容が多々ありました。一方、開始時からその内容が不明確であった地域リハ・システムも、2年間でチリ側の構想が次第に明らかになってきたことは特筆に価するでしょう。
チリの風景  チリ型地域リハ・システムが必要であることの背景を少し説明します。チリは経済的には開発途上国とは言えないレベルにあります。2000年のWHOレポートでは、健康に関する指標DALEでも32番目に位置しています。しかし、他のラテン諸国と同様、富裕層は欧米並みの進んだ医療が受けられる一方、貧困層は貧しい環境の中での生活を強いられるという貧富の差の問題はこの国にも見られます。
 医療・福祉を考える場合、財源を考慮する必要があります。健康保険制度によりわが国は、共通の単価で、比較的均質な医療が提供されています。一方、チリには富裕層が加入する民間保険ISAPREsと貧困層が利用する公的保険FONASAの主に2種類の健康保険があります。FONASAでは、手技や処置が必ずしも健康保険でまかなわれず、支払われても却って赤字になるものもあります。FONASA利用者の多いINRPACは限られた財源の中で困難な経営を余儀なくされています。小さな政府を目指すチリ政府は、福祉予算を今後大幅に増やす予定はないようです。現有の制度の中で、障害児の問題を解決することが大前提です。見学で訪問した地域医療センターでは、そこに勤める内科医師が精神科研修を受けた後に、一次精神科医療をも担っているといいます。この制度を国全体に敷衍して精神疾患の問題を解決しようとするチリ厚生省は、障害児の問題も同様の枠組みで解決しようと考えているようです。
 区と国立障害者基金、INRPACの3者が出資し新たに設立される地域リハセンター、自助グループ、通所施設等をネットワーク化し、これを職員が援助するというINRPACが提案する地域リハ・システムは、この一次医療体制との乗り入れが期待されるためにチリ厚生省の関心が強いものと考えられます。
 中間評価の総括として、「プロジェクト前半の活動は十分に合格点に到達しており、協力期間後半の活動方針及び重点分野については双方合意を得たことで、より効果的なプロジェクト活動を円滑に実施していく展望をもつことが出来た。」と佐藤団長がレポートに書かれました。今後の進展にはいくつもの課題があると予想されますが、展望に向かって日本の国内委員会も注意深く見守っていく必要があるでしょう。
 チリの公的保険、民間保険の二重制度は、わが国で規制緩和策の一環として述べられている医療特区の導入に似た仕組みに見えます。国際協力は相手を知ることでもあり、自分についても考えるきっかけでもあります。今後とも行われるチリからの研修生に対して、皆様の一層のご協力をお願いいたします。



INRPACスタッフと日本からの長期専門家、調整員、中間評価団員、INRPAC前庭にて チリ厚生省、青の間で行われたミニッツ(評価レポートを含む)に対する調印式