〔海外レポート〕
チューリッヒ大学附属Balgrist病院
対麻痺センター視察報告
研究所運動機能系障害研究部
神経筋機能障害研究室長 中澤 公孝



 先般、メディカルフロンティア戦略研究事業の研究費補助を 受けスイスのチューリッヒ大学附属Balgrist病院対麻痺センター を視察してきましたのでこの紙面を借りてご報告させていただ きます。
歩行訓練機Lokomat
 今回の訪問の主要な目的はセンター長のDietz教授のグループ とチューリッヒ工科大学の共同で開発された歩行訓練機Lokomat (写真1,2)の現状を視察することと、Dietz教授から申し出の あった共同研究の具体的内容を詰めることにありました。Lokomat は対麻痺者のための新しい歩行トレーニング法として注目されて いる免荷式ステッピングトレーニングを人手を使わずに行うため に開発された動力機構付補装具です。このトレーニングの神経 生理学的背景に関しては既にリハビリテーション医学系の学術誌 に紹介してまいりましたので(文献1,2)、詳細に関してはここ では割愛いたしますが、一言でその原理を述べるならば“受動的 に歩行動作を繰り返すことで脊髄に再び歩行動作を学習させる” ことといえるでしょう。このトレーニング法は動物実験での成果 をもとに1990年代半ば、ドイツのWernigらのグループがはじめて 対麻痺者を対象に臨床応用を行い、画期的成果を報告して以来、 複数の国々からこれを支持する報告がなされ、その効果に関して は既に確立された感があります。しかし残念ながら、その効果が 広く認められているにもかかわらず臨床的に用いているのはごく 小数の限られた施設のみです。というのも、この方法には、一人 の患者に二人の補助を必用とすること、さらには補助者の身体的 負担が極めて大きい、という大きな欠点があるからなのです。 そこでこれらの欠点を克服するために、人間が行っていた補助を 機械に行わせようという発想が当然のごとく出てきます。Lokomat とはまさにそのような要望に答えるべく開発された装置なのです。 現在、主たる開発者であるColombo博士はHokoma社を起業し、 Lokomatを既に20数台あまり販売したそうです。さて、前置きが 長くなりましたが、現在Balgrist病院ではLokomatを臨床と研究 両面でフル稼働させておりました。筆者はLokomatの開発当初から その進捗状況を見てきましたが、現在の状況でほぼ完全に臨床 応用に用いることが可能な状態に洗練された、という印象を受け ました。写真は実際に完全対麻痺および不全対麻痺の患者さんが トレーニングを行っている様子です。PTのかたが一人、装着の 補助と装置の駆動、安全管理を行っています。Lokomatはトレッド ミルのベルトスピードに合わせてステッピングを行います。歩幅 や歩調(ケーデンス)はコンピューターに入力して変更することが 可能です。見かけ上は、あたかも自力で歩いているように見え ますがLokomatによって下肢を動かされているのです。これを繰り 返し行うことで、脊髄の損傷部以下の神経回路に歩行を再学習 させると共に、不全麻痺者の場合は残存している脳からの入力 との協調関係を再構築させようというのがこのトレーニングの ねらいです。このようなトレーニングが引き起こす様々な生体内 の変化に関しては、未だ不明の部分が多く、さらに科学的に検証 される必要があります。Dietz教授のグループとの共同研究の 内容も、まさにその一端にチャレンジするものです。共同研究の 詳細に関してはここでは省略しますが、この面の研究が再生医学 の進展と共にますますその重要性を増すであろう、という認識 で双方の見解は一致しており、共同研究の内容もまさしくこの 軸にのったものであることを付記しておきます。

文献
1.中澤公孝、赤居正美、脊髄損傷者の歩行可能性、臨床リハ、11:193-203,2002
2.中澤公孝、赤居正美、ヒト脊髄歩行パターン発生器と脊髄損傷者の歩行、リハ医学、40:68-75,2003

Lokomatの写真 Lokomatを用いたトレーニングの様子