〔研究所情報〕
第33回北米神経科学学会参加報告
研究所・運動機能系障害研究部 研究員 野崎大地



 平成15年11月8日〜12日にアメリカ合衆国ニューオリンズで 行われた第33回北米神経科学学会(Society for Neuroscience 33rd Annual Meeting、以下SFNと略記)に参加した。最新の 情報がまとめて得られるのがうれしいところで、今年でもう 5年連続の参加になる。SFNでは2年前から抄録閲覧および日程 作成のためのアプリケーションが配布されており、参加者はキー ワードや著者名などを頼りに演題を検索し、見たいものにチェック をいれていけば、自動的に日程表が作成されるようになっている。 このアプリケーションの検索機能を使って、テーマで運動系 (Motor System)を選び、さらに演題を絞ろうとサブテーマの 一覧をみると、「脊髄」「皮質と視床」「小脳」「大脳基底核」 などと並んで、「ブレインマシンインタフェイス」という項目が 選択肢の一つにはいっていることに気がついた(昨年はどう だったか憶えていないのだが)。
 ブレインマシンインタフェイスとは、文字通り、脳と機械の 間のインタフェイスのことであるが、具体的には脳波、脳の神経 細胞の活動などをもとに、ロボットアームを動かす、あるいは 逆に、手が触れるなどの感覚情報をもとに脳に電気刺激を加えて 「主観的」感覚を再現する、などといった技術一般のことを指す。 現在のところ見込みのある前者の方に話題を絞ろう。この技術 によって、例えば上肢が麻痺していたり、発話機能不全の障害者 であっても、動かそうと思うだけでロボットアームやコンピュータ のカーソルを動かしたり、伝えようと思うだけでその内容をコン ピュータの画面や音によって他者に伝える、といったようなことが 可能になる。結局は、脳の活動を記録し、そこから抽出した情報 によって物を動かす・伝えるということであるから、必然的に その研究内容は如何にして脳から活動を記録すればよいかという 記録のための技術の開発、そこから情報を抽出するためのアルゴ リズムの開発、ということになる(ここまでできればロボット アームやディスプレイ上のカーソルを動かすところはなんとで もなる)。
 実現すれば夢のような技術だと思われるかもしれないが、実は すでにかなりのところまで進んでいるようだ。ピッツバーグ大学 のSchwartz氏は、サルの脳神経細胞活動と手の動きの相関関係を 調べている著名な研究者であるが、彼はそこで得られた知見を 応用し、サルが自らの脳活動によってロボットアームを自在に 操れることをビデオで紹介していた。脊髄反射の可塑性で重要な 貢献をしているニューヨーク州立大学のWolpaw氏は脳波でも同じ ようなことが可能であることを述べていた。また、カリフォルニア 工科大学のPesarah氏は脳波と神経細胞記録の中間レベルとして 局所脳電位を使った方法をより現実的なものとして紹介していた。 こうした研究は、これまでさかんに研究されてきた脳の神経細胞 が運動をどのように符号化しているかという問題を、より応用面 を強調して言い換えたものにすぎないのではないかとの印象を もったことも事実である。しかし、こうした応用面への研究に よって、技術が飛躍的に進歩するという側面もあるのであろう。 この分野のパイオニアの一人であるデューク大学のNicolelis氏は、 自ら開発した多チャンネルの脳細胞記録電極によって得られた データについて精力的に発表を行っていた。こうした技術は必ず 基礎的な研究成果としても跳ね返ってくるだろうし、もちろん 当の研究者も応用と基礎研究を表裏一体のものとして捉えている 節がうかがえた。
 私は、研究室の河島流動研究員との共同研究、および現在 トロント大学で客員研究員をしている政二慶氏との共同研究、 の2演題についてポスター発表をおこなった。前者の方のみ紹介 しておきたい。演題名はAlternate leg movements contribute to amplify locomotory-like muscle activity in spinal cord injured patients(脊髄損傷者の歩行様筋活動は交替性の脚の 動きによって増幅されている)とした。脊髄損傷者の下肢に歩行 様の運動を課すと、あたかも実際に歩行しているときのような筋 活動が麻痺筋に誘発される。このことはすでに我々の研究室の 中澤室長をはじめ世界中の研究者によって確認されてきたことで あるが、どの程度実際に歩行に関連した筋活動なのかという点が 問題になっていた。単に筋がのばされることによって生じる伸張 反射にすぎないのではないかという指摘もあるからである。 我々は歩行の本質的特徴の一つが左右の脚を交替性に動かすという 点に焦点をあてた。片脚のみ動かした条件、両脚を一緒に前後に 動かした条件、通常の両脚を交替性にうごかす条件の3条件で、 誘発される筋活動量を調べると、両脚を交替性に動かしたとき のみ他の条件の2倍以上も増加することがわかったのである。 すなわち、歩行様の運動によって誘発される筋活動は、文字通り 「歩行」という運動によって誘発されるという側面をもつという ことが明らかになったのである。幸い多くの研究者がポスターを 訪れてくれ、実験設定の面白さにかなり興味を持ってもらえたと 自負している(写真はローマ大学のIvanenko氏に説明する河島 流動研究員)。  他にも神経系の可塑性、運動学習、脊髄の再生などの興味深い テーマについても紹介したいところだが紙面に限りがあるので、 興味のある方はSFNのホームページ(web.sfn.org)から入手できる Abstract Viewer and Itinerary Plannerを使って検索されたい。

ローマ大学Ivanenko氏に説明する河島流動研究員の写真