〔海外レポート〕
第15回国際電気生理及びキネシオロジー学会参加報告
研究所 運動機能系障害研究部 研究員 野崎大地


 平成16年6月18日-21日にボストン(USA)のボストン大学で行われた第15回国際電気生理 及びキネシオロジー学会(XVth Congress of the International Society of Electrophysiology and Kinesiology、以下ISEKと略記)に参加した。ISEKは、 その名のとおり、筋電図や動作分析などを用いたヒトの運動に関する研究を対象とした 学会で、隔年で開催されている。今年の学会では約400件の発表があった。学会後3ヶ月が 経過しており、記憶が定かでない部分もあるが、簡単に参加報告をしたいと思う。


会場のボストン大学

 まず初日、有料のシンポジウム「Advanced Technology for Decomposing the EMG Signal (筋電図信号分解の先進技術)」に参加した。ボストン大学神経筋研究所所長であるDe Luca教授 の主催したものである。「筋電図信号を分解する」というのは少々説明が必要だろう。 一つの運動ニューロンに支配される筋線維群のことを運動単位と呼ぶ。筋を収縮させるときには、 通常、複数の運動単位が同時に活動するので、その電気的活動を記録した筋電図信号には、 複数の運動単位の活動が複雑に入り混じってしまう。もし、この筋電図信号を元の運動単位毎の 活動に分解できれば、それぞれの運動ニューロンが中枢神経系からどのような制御を受けて いるのかが明らかになり都合がよい。そのため、この方法の開発に取り組む研究者は未だに 後を絶たないのである(一般セッションでも分解手法について多数の演題が発表されていた)。 シンポジウムでは、この分解の数学的手法の歴史的な発展、特にこの20年間で分解に要する 速度が劇的に速くなってきたことが強調され、その応用例についての紹介があった。 このシステムは近い将来、売り出されるとのことで、簡単なデモンストレーションも見ることが できた。
 他に目についたのは、筋音図の発表がやたらと多かったことであろう。筋音図とは筋収縮の際の 微小な機械的振動を記録したものであり、この手法を用いることによって筋電図とは異なった 情報を得ることができるとされる。しかしながら、現在のところ、研究のための研究、 といった感が拭えず、筋音図で何が明らかになったのか、というと特にこれといって何もないのでは ないか、というのが私の印象である。他の発表では、オーストラリア・アデレード大学のTurker氏 らの、運動単位の活動から運動ニューロンの膜電位変化を推定する新しい方法(Frequencygram) についての発表や、カナダ・アルバータ大学のGorassini氏の脊髄損傷者の痙性に脊髄運動 ニューロンに内在する性質(プラトー電位)が関与しているという発表などが高レベルで楽しめた。
 ハーバード大学のPascual-Leone氏が企画に携わった「Mechanisms of Movement and Sensation using TMS(経頭蓋磁気刺激を用いた運動と感覚の機序の解明)」は今回のISEKの中でも目玉の シンポジウムだったと思う。その中でも、シドニーのTaylor氏の「Cervicomedullary Stimulation in Humans(ヒトにおける頚延髄部への電気刺激)」が気にいった。彼女の方法は、頚延髄部に 数百ボルトの電気刺激を加えて、大脳皮質から脊髄運動ニューロンに至る途中の経路を刺激する というものである。近年、普及してきた経頭蓋磁気刺激(TMS)を組み合わせることによって、 例えば筋収縮に伴う疲労には、皮質脊髄路-脊髄運動ニューロン間のシナプスの伝達効率までもが 関与しているらしいということを見事に実証していた。刺激電圧の大きさを聞いてたじろいだが、 ちょっとやってみようかな、という気になったので、関係者は覚悟しておいてもらいたい。
 私の発表は、3日目の午後3時からのスポーツ医学・ヒューマンパフォーマンスのセッション。 従来の筋力トレーニングの弱点とその克服法についての話である。膝伸展・屈曲のような 単関節の筋力発揮課題はリハビリテーションや競技力向上のために頻繁に用いられている 方法である。膝関節をまたぐ筋を増強したい場合、膝関節まわりの負荷(トルク)を規定するのが 普通だろう。しかし、我々の最近の研究結果から、膝関節の筋群の活動レベルは、膝関節トルクを 規定しただけでは一意的に決定せず、隣の股関節トルクの影響を受けることが分かっている。 今回の発表は、膝伸展・屈曲を行ったときに無意識のうちに股関節トルクが生じており、 この量が規定されていないために、トレーニング効果に個人差が生じたり、鍛えられる筋に 偏りが生じたり、といった非効率生が生じる可能性を指摘するとともに、この弱点を克服する 方法を提案したものである。個人的には、わりと自信はあったのだが、聴衆が今ひとつ少なく、 残念な思いをした。少ないながらも発表を聞いてくれた人の反応は良かったのが救いであった。 私の共同研究者であり、芝浦工大大学院からの研修生である平野君は直立姿勢維持時のヒラメ筋 と腓腹筋の活動パターンの違いを説明した研究発表を口頭発表で行った。なかなか評判が 良かったようで、発表後、何人かの出席者からお褒めの言葉をいただいた。


口頭発表中の平野氏

 スケジュールはとてもタイトで自由時間はほとんどなかったが、会場では、ボストンの 知り合いにも会うことができたし、日本人研究者の知り合いも増えた。なにより、ボストンは 私が現在の職に就く前の一年間住んでいた思い出深い街である。ここに来るたびに、初めて ボストンに来たときの緊張感や気持ちの高揚、ボストンを去るときの決意、のようなものが 思い出されて、気持ちの引き締まる思いがするのである。なお、今回の学会参加にあたっては メディカルフロンティア事業の補助を受けた。 このような機会を与えてくれたことに深く感謝したい。

(付記)ボストンといえばサミュエルアダムスというビールが有名である。日本ではせいぜい ラガー、ペールエールくらいしか見かけないが、実は十種類以上のサムアダムスがあり、 コプリープレースにあるブルワリー直営のビアパブでは全種類飲むことができる。 とても楽しみで、ボストンに着いてすぐ出かけてみた。ところが、あろうことか普通の アイリッシュパブに替わっていたのには本当にショックを受けた。