NHKハート展入選詩にみる喜びと課題
理療教育部 伊藤和之


 理療教育課程では、あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師に 必要な感性を磨くとともに、豊かなことばの使い手になることを目指 した授業実践に取組んでいます。その成果のひとつとして、先日卒業 された平成16年度理療教育課程高等5年新名馨さんの詩がNHKハート展 に入選いたしました。3月1日に日本橋三越で行われたオープニング セレモニーに御一緒しましたので、御紹介します。
 平成6年から始まったNHKハート展は、今回で10周年を迎えたとのこと。 障害のある方々が日常生活で感じたことを一編の詩に綴り、各界で活躍 されているアーティストや著名人が、その詩に込められた思いを、ハート をモチーフにして表現した展覧会です。これまでに3万点もの応募作品 が寄せられ、展覧会には諸外国を含め100万人を動員しました。
 そして今回、新名さんが4620編の中から入選作50編の中に名を連ねました。

入選詩の前で挨拶する新名氏
 すみません ごめんなさい
新名 馨

自転車にぶつかって
「すみません ごめんなさい」
電信柱に
「すみません ごめんなさい」
でも相手は何も答えてくれない

1日に何回使うだろう
おれは何も悪くないのに
最後は自分に
「すみません ごめんなさい」
おれは何も悪くないのになぁ


 応募の条件には100字程度でテーマは自由とありますので2連10行と 短いのですが、逸品です。新名さんに伺うと、授業で読んだ茨木のり子 「六月」がヒントになったとのことでした。
 それにしても、ハート展は応募数が多いので、NHK厚生文化事業団の 方から内定の電話をいただいた時は、本当に驚きました。選考委員のお ひとり武蔵野美術大学森山教授によると、4620編の応募は過去最高で、 それを大阪と東京にいる6名の審査員で250編まで絞り込み、更に最終 審査で50編を選んだというのですから、賞賛に値します。
 新名さんの詩に画を添えて下さったのは、若い世代を中心に人気があ るイラストレーターで詩人のキン・シオタニ氏です。氏は特別にあつら えたハート型のキャンバスの下側に街をイメージしたビル群を描き、青 空の中に若い男性の天使をふんわりと浮かべました。天使の両腕は何か を抱くように前に差し出され、両手は天上に向いています。氏に伺うと、 「辛い思いで街を歩く新名さんを見守っているイメージです」
 氏のモチーフとして天使はよく描かれますが、今回はアクリル絵の具と、 輪郭にラメを用いて立体的な作品になるように工夫したとおっしゃって いました。初めて出会った詩と画。そして、作者と作画者。一期一会の 妙を楽しむひとときでした。
 新名さんは現在51歳。視力は光を感じる程度。糖尿病性網膜症でそれ まで営んでいた個人営業を続けられなくなり、理療教育課程に入られま した。1年次の頃は、どことなく斜に構えた発言も見受けられましたが、 3年次にあん摩マッサージ指圧師試験に合格した頃から少しずつ表情が 穏やかになっていきました。しかし、体調が不安定になることもあり、 授業中浮かない顔で腕組みをしていることもしばしばでした。
 ところが、入選が決まってからの新名さんは、どこか浮き立つものを 感じたのでしょう。11月以降、授業での笑顔が増え、発言もいつも以上 に滑らかさを感じました。年が明けて早々に、2月の記念植樹と記念撮 影のためにスーツを新調しました。「忙しいですよ」と言う顔には、喜び と照れとが混じっていました。
 2月27日のはり師、きゅう師試験受験、3月1日のハート展オープニン グセレモニー、3月2日の卒業式での記念品を受け取る役、3月3日の寮 からの引越しの準備と、最後の数日間は本当に慌ただしく時間が過ぎてい きました。
 寮を離れてから5日後、新名さんからお電話をいただきました。国家試 験は苦戦したらしく、合格発表を聞くのが不安であること、しかしながら、 最後の最後にとてもいい体験ができて晴れがましい思いを抱いて卒業でき たことなど、心境を話してくださいました。私も、授業だけで完結せず、 表現の場を提供して支える意義を感じました。
 しかし、華やかなセレモニーの中にいて、ふと、これは自分の仕事を見 つめる契機だなあと感じたのです。
 故あって、新名さんが4年生の頃、トーマス・J・キャロルの示した20 の喪失について話し合う機会がありました。新名さんにとっては初めての ことでしたが、キャロルの文章を前にして「全盲になりたての頃はよく苛 立ち、わがままを言いたくなる自分があった」と内観されていました。 これはキャロルのいう「結果として全人格に生じる喪失」の5項目に結び ついていくものと推察した記憶があります。
 今回の詩も、見方によっては様々な訓練を受け、教育を受けながらもな おひとりで往来を歩き、社会生活を営んでいくことの難しさを示唆してい ますし、相手がいないのに謝罪のことばを発しなくてはならない自分に対 する切なさ、やるせなさを語っています。ノーマライゼーション、バリア フリーがうたわれているにも関わらず、遅々として変わらない日常に対す るため息とも受け取れます。
 詩が社会に認められた喜びとともに、新名さんは大きな課題を置いてい かれたように思います。
新名さんの作品は、平成17年度の間全国各地を巡回する予定です。
http://www.nhk.or.jp/heart/