〔更生訓練所情報〕
マルチメディアを活用した視覚障害者用
教育訓練支援システムの
研究開発のためのアメリカ調査を終えて
理療教育部長 杉江 勝憲




 去る8月21日から27日までの間、河村障害福祉研究部長、舘田理療教官、小林 理療教官(塩原センター)と共に表題のアメリカ調査を実施しましたので、この 紙面を借りて概要を報告させていただきます。
 最初に訪問したのは中西部のケンタッキー州にある19世紀以来アメリカの視覚 障害者用教材の中心的な供給団体であるAmerican Printing House for the Blind (APH)です。APHではDAISY(録音図書の国際標準規格)プロジェクトの責任者と ソフト開発者(お二人とも全盲)を中心に説明を受けました。
 APHは連邦全体のアクセシブルな教科書・教材の電子ファイル(DAISY3規格) の提供センターにアメリカ議会から指定されている関係で、提供が軌道に乗ると、 幼稚園から高校までの教科書と教材は全てDAISY3規格で入手可能になります。 DAISY3は、注記を読む、読まないの選択ができるほか、作成法によっては、ハイ パーリンク的に別のDAISY3図書の指定の場所を読みに行き、読み終わると元に戻 ることもできます。また、試験問題や百科事典などにも応用できる機能があります 。
 このDAISY3を読むツールが全盲のプログラマーが開発したBook Wizard Reader です。DAISY3は、朗読音声のない「テキストだけのDAISY」もありますので、Book Wizard Readerは、DAISY3をはじめ、様々な電子ファイルをシンセサイザーで読 む機能と共に、人間が朗読したDAISY規格の音声を読んだり、点字ファイルをシン セサイザーで読むことも可能です。
 教科書出版社から電子ファイルの提供を受ければ、比較的簡単にDAISY3のソー スファイルにできますので、数式や図表を除いてシンセサイザーで音声とテキスト をシンクロしたDAISY3図書を作り、読み違えや、数式、図表、化学式などを音声 で正しく読んでおけば、驚くほど早く、正しい読みのシンセサイザー+音声+テキ スト+図版のある教科書が作れることになります。
 アメリカではこのような教材提供センターを連邦レベルで作り、高校までの教科 書・教材はアクセシブルな形で提供する体制を築いたことを今回の訪問で確認しま した。
 次に訪問しましたのが、サンフランシスコにあるスタンフォード大学の実験教室 です。学生全員がパソコンを持って授業に参加し、教室同士がネットワークでつな がり、多数のアングルからデジタル録画した教室の音声と映像が活用できる教室で す。理療教育の授業のアクセシビリテーが格段に向上するモデル教室を考える上で、 非常に参考になりました。
 最後に訪問したのは、bookshare.orgというDAISY3規格の音なしDAISY図書を大 量に作成し、Webで配信する団体です。アメリカではDAISY規格のマークアップした 電子ファイルは著作権法で言う「一般の人々がアクセスできない形式」に当たるこ とに着目して、「利用者を含め誰でもが原本をスキャンしてアップできるピア・ト ゥー・ピア(Peer to Peer)(注)のネットワークでDAISY3図書を共有するシス テム」を作りました。スタッフの話ではおよそ1冊の本を45分程度でDAISY化できる ということで、発足2年ほどで蔵書数は21,000タイトルを超え、今年中に30,000タ イトルに近くなる予定とのことです。
 アメリカではWebから必要とする図書を読める体制が作られつつあります。
 今回のアメリカでの現地調査をとおして、マルチメデイアを活用した視覚障害者 用教育訓練システムの開発の必要性を改めて強く感じた次第です。


(注):Peer to Peer(P2P)…不特定多数の個人間で、直接情報のやりとりを行うインターネットの利用形態のこと。


(写真)APHのDAISY製作スタジオ
APHのDAISY製作スタジオ

(写真)スタンフォード大学のマルチメディア実験教室
スタンフォード大学のマルチメディア実験教室