〔研究所情報〕
第20回国際バイオメカニクス学会参加報告
研究所 運動機能系障害研究部 流動研究員 阿部 匡樹



 平成17年7月31日−8月5日に米国・クリーブランド州のクリーブランド州 立大学(写真1)で行われた第20回国際バイオメカニクス学会大会 (XX th Congress of the International Society of Biomechanics、以下ISB と略記)に、運動機能系障害研究部の中澤公孝室長とともに参加した。ISBはヒ トの運動のバイオメカニクスに関するあらゆる研究分野を対象とした学会で、 隔年で開催されている。今年は第29回を迎える米国バイオメカニクス学会 (29 th Annual Meeting of the ASB)も合同で開催され、参加者も1000人を超 える大規模な学会となった。本文では、その中でも特に興味深かった研究を中 心に報告させていただく。
 今学会で筆者が注目していたのは、ボストン大学のJim Collins氏によるキー ノート・レクチャー「Noise-Enhanced Sensorimotor Control」および同氏の研 究グループによるポスター発表である。今回の発表は、「生体への閾値下の入力 信号に適度の微弱ノイズを印可することによって、生体における信号の検出力が 増強される」という確率共振理論の生体工学的応用に関するものであり、この概 念を用いて開発されたシューズの説明も併せて行われた。このシューズは中敷の 数箇所が振動して足底の感覚にノイズを印可し、それによって姿勢維持能力の改 善を促す仕組みとなっている。データをみる限りシューズ着用による姿勢の安定 効果はそれほど顕著ではないようで、実用にはまだ遠い印象を受けたが、アイデ ア的には様々な形での応用可能性を秘めており、今後の展開に十分期待を持たせ るものであった。
 筆者が注目していたもう1つの発表は、バーミンガム大学のIan Loram氏の研 究グループによる静止立位制御に関する発表「Paradoxical Muscle Movements In Human Standing」である。静止立位制御に関する研究はつまるところ「なぜ ヒトは立てるのか?」を明らかにするものであるが、その殆どの部分は未だ議 論のさ中にあり、最近も立位時の足関節トルクが足関節まわりの粘弾性に依存 したものであるか(粘弾性制御)、それとも逐次神経系が制御しているか(神 経系制御)で激しい論争が続けられている。今回の発表で、Loram氏らは静止立 位時の下腿筋群(ヒラメ筋・緋腹筋)の筋長変化を超音波スキャナーによって 詳細に調べ、身体が前傾している際にこれらの筋群は伸張されておらず、むし ろ収縮していることを明らかにした。これまで、粘弾性制御論では身体の傾き によって下腿筋群が一旦伸張され、それによって粘弾性トルクが生じることを 前提としていたのだが、今回の結果はその前提に大きな矛盾を生じさせること になる。Loram氏らはこの筋群の挙動を「paradoxical movement」と呼び、静止 立位における積極的な神経系制御を示す証拠であると主張した。最初にこの内 容を論文で目にしたときは正直半信半疑だったのだが、さすがに動画で実際の 挙動をみせられると強い説得力があり、個人的には少なからず衝撃を受けた。 今後、上記の姿勢制御議論に大きな一石を投じることになるであろう。
 トロントリハビリテーション研究所の政二慶氏と我々の共同研究発表 「Smaller Sway During Quiet Stance Attributes To Effective Use Of Body Velocity」 も、静止立位制御をテーマとしたものである。今回の発表では、静止立位時に 身体動揺の小さい被検者ほど筋活動と身体動揺の相関が小さく、かつ両者の位 相差が大きい傾向にあることを明らかにした。また、コンピュータシミュレー ション解析により、この傾向が身体動揺速度情報の活用の度合いによって説明 されうることを示した。今回を含む一連の研究において、政二氏は上記でいう ところの神経系制御を支持しているのだが、シミュレーション解析のモデルか ら粘弾性制御を主張していると誤解されるケースが少なくない。実際、先のLoram氏 も粘弾性制御を支持する例として政二氏の論文を引用していた経緯がある。今 回は政二氏とLoram氏が各々の研究に関して直接議論を交わし、これらの制御論 に関しても相互に理解を深めることができたようである。
 我々以外にも、リハビリセンター研究所からは福祉機器開発部所属の酒井美 園氏がポスター発表「Postural Control Against Perturbation During Walking」 を行った。彼女の発表は歩行時に外乱を与えた際の各筋群の反応を調べたもの で、途切れることなく国内外の質問者が訪れ、なかなか盛況だったようである。 筆者自身の研究にも関連する部分が多々あり、今後はより頻繁に議論してお互 いの研究レベルを高めてゆければと思った次第である。
 学会は終始賑やかな雰囲気に包まれており、開催期間中にはほぼ毎日イベン トが盛り込まれていた。オープニングセレモニーではスピーチの合間にクリー ブランド交響楽団のソリスト(の卵たち)が生演奏をしたり、レセプションで はクリーブランド博物館全体がそのまま会場になったりと、筆者がこれまで参 加した学会では考えられなかったようなセッティングが随所にみられた。学会 においてそこまでやる必要があるか否かはさておき、「参加者に楽しんでもら おう」という主催者側の熱意が伝わってきたのは確かである。
 上記のように、今学会は姿勢制御研究を主要テーマとする筆者にとって有意 義な情報に溢れており、学会の雰囲気自体も貴重な体験となった。クリーブラ ンドのやや寂れた街並み、文字通りグレートな地ビールGreatLakesBeerなどの 思い出とともに、非常に強く印象に残る学会となったことを強調し、筆を置き たい。

(写真)学会会場となったクリーブランド州立大学
写真1:学会会場となったクリーブランド州立大学