身体と義肢の相互作用について
補装具製作部 義肢装具士 佐々木一彦



 今回は補装具のひとつである義肢を取り上げ、身体と義肢の相互作用につい て言及し、関連研究として補装具製作部で取り組んでいる研究について紹介い たします。まず義肢とは四肢の一部を欠損した場合に元の手足の形態または機 能を復元するために装着する人工の手足のことです。(図1)第二次世界大戦 前後の義肢の多くは銅、鉄、皮革、木材が主原材料とされていました。(図2)


(写真)義肢(義足と義手)
図1 義肢(義足と義手)
(写真)皮革・木材・鉄で作られた義肢
図2 皮革・木材・鉄で作られた義肢



 近年の義肢では、皮革や鉄に変わって高分子材料(強化プラスチック、スポ ンジ、シリコーンゴム)やチタン合金・電子制御式部品が普及し、軽量かつ快 適な義肢の製作が可能となり、より質の高いQOLを提供できるようになってき たと思われます。(図3)義肢の素材としてはずいぶん進化しましたが、義肢 の基本的な役割は今も昔もほとんど変わっておりません。その役割とは身体か ら義肢へ力を伝達することと、義肢から身体へ力のフィードバッグで義肢を操 るということです。義足を例に挙げますと、義足は利用者の意思により操作さ れ、操作した結果の反力で路面状況を把握し、義足への力のコントロールがな されます。(図4)


(写真)近年の義肢
図3 近年の義肢
(写真)身体と義足の力の相互作用
図4 身体と義足の力の相互作用



 特に膝上切断の大腿義足では力のコントロールを誤ると膝関節部品に急激に 折れ曲がる力がはたらき(膝折れ)転倒する恐れがあります。このため切断者 は地面からの反力を把握し、身体動作及びバランス感覚を保持しながら巧みに 義足を操らなければなりません。(図5)


(写真)義肢に働く力と身体動作による相互作用
図5 義肢に働く力と身体動作による相互作用
(写真)電子制御式の膝継手(膝関節部品)
図6 電子制御式の膝継手(膝関節部品)



 近年では電子制御の部品が市場で販売されるようになり、身体動作で巧みに 操ることなく転倒を防げるようになってきています。図6の膝関節部品は内蔵 されたひずみセンサが路面からの反力を認識し、自動で膝関節の粘弾性をコン トロールします。この機能により利用者は子供を抱っこしていても安心して歩 行することができるようになるわけです。しかし、誰もがこの便利な道具を使 えるわけではありません。便利なものであっても電子部品では水や電磁場の影 響を受けることを把握せねばなりませんし、電気の供給がなくなればたちまち 不便な道具になってしまうことを念頭においておかなければなりません。義肢 は身体的・精神的、社会的または環境的な適応が図られてはじめて本当の機能 を発揮できるものなのです。
 以上のように義肢の業界においても便利な義肢部品が開発されてきています が、部品の進化により利用者の満足度が100%満たされるわけではありません。 たとえ部品が進化したとしても、義肢と身体の接触部(インターフェイス)に 問題が生じると、利用者は義肢を装着できなくなるため日常生活・社会生活は たちまち困難な状況におちいってしまうことになります。ゆえに義肢に最も重 要なのは義肢ソケットの適合であると言っても過言ではありません。
 それでは義肢と身体の適合(相互作用)はどのようにして行われているのか、 義足の製作方法を例に近年の研究を踏まえて紹介したいと思います。
 義足の製作はまずソケットを製作するため、石膏ギプス包帯を使用して切断 端のギプス型を製作します。ギプス型をもとにプラスチック製のソケットを製 作し、義足部品に連結することにより適合検査用の義足を製作します。次に義 足を利用者に装着し試歩行を行ってもらい、不快感がある場所はソケットの適 合微調整を行い、より快適な装着感が得られるまで適合微調整を行います。ギ プス採型から義足の完成まで早くて3〜4週間程度を要します。以上が従来の義 足の製作方法です。(図7)


(写真)義足の製作行程
図7 義足の製作行程



 この従来の製作方法に対して補装具製作部では、より快適な義足をより早く 製作するため、歩行しながら切断端形状を製作できるシステムの構築を行って おります。そもそも義足は体重を義足に載せて歩行を行うものであるため、歩 行しながら切断端の形状を製作するのが合理的な製作方法と考えました。また 歩きながらソケットの形状を作る際も利用者が好みの適合が得られるように適 合微調整機能を設けて即時に適合できる義足用採型装置を開発しました。原理 は真空パックに詰められたコーヒー豆と同じ原理を利用しています。真空パッ クに詰められたコーヒー豆は圧縮されて固まっていますが、真空パックを開封 するとことにより豆はばらばらになります。本研究ではこの原理を陰圧粒子バ ッグと呼んでいます。(図8)この原理の利点は真空の度合いで粒子→粘土→ 剛体へと連続的に剛性を可逆的に変化できることです。この原理の応用で歩行 しながら、かつ適合微調整を可能とするソケット製作が可能となりました。( 図9、10)本採型装置を使うことにより、早くて3日で義足製作が可能になり ました。しかし、現段階では膝関節より下で切断された下腿切断者にしか適用 がなく大腿切断者用の採型システムは現在開発中であります。今後はよりいっ そうの高い適合技術の開発を目指して、より適合した義肢装具をより早くエン ドユーザに提供できるものを目指していきたいと考えています。


(写真)陰圧粒子バッグ
図8 陰圧粒子バッグ
(写真)義足の即時適合採型システム
図10 義足の即時適合採型システム
(写真)陰圧粒子バッグの義足ソケット
図9 陰圧粒子バッグの義足ソケット