〔研究所情報〕
手話言語の電子辞書の作成
感覚機能系障害研究部
聴覚言語障害研究室 福田 友美子



1.手話言語の研究
 最近、手話通訳がつくテレビ放送が増加し、さらにろう者の生活を扱ったテレビ番組も現れ、手話が身近なものとなってきている。 しかし、その手話には大きくわけて二つのものがある。ひとつは、ろう社会で使われている手話、いわゆる日本手話である。もうひと つは日本語能力をもっている聴覚障害者の間で作り出され、手話サークルなどのボランティア活動を通じて普及した、いわゆる日本語 対応手話である。日本手話はろう社会で発達した自然言語で、ろう社会の中で使用されてきた。日本手話がどのようなものであるか明 らかにすることは、ろう者の福祉・教育等に役立つ研究を進める上での基礎になると考え、ろう社会で使われている日本手話の研究を 実施してきた。
 研究開始当初、日本手話がどのようなものであるかなど、詳細について把握していなかったので、まず、ろう者に研究グループに入 ってもらい、日本手話の研究材料を収集することから始めた。研究の素材にしたのは、ろう者2人の手話による対話で、それぞれの話 者に対して、手話の手指動作・姿勢の変化などを観察できるよう、正面から上半身をレーザディスク上にビデオ録画した。そして、含 まれている単語をひとつずつ記述し、その単語に対応したビデオ画像を簡単に探し出せるよう、データベースを作成した。データベー スについては、11人のろう者を対象に作成した。
 これらのデータベースを使って、日本手話で使われている各単語について@基本単語はどのようなものか A日本手話独特の単語の 使用法があるか。また、文法について、B基本的な文法はどのように表現されているか、について調べ、手話言語についての研究を継 続した。


2.手話言語の電子辞書の作成
 日本手話の研究を進めていくうちに、日本手話は日本語とは別の言語であり、独特の単語体系や文法体系をもっていることがわかって きた。そこで、研究の結果わかったことを広く公開できるように、電子辞書の作成を計画した。まず@使用頻度が高いこと、次にA手話 独特の単語の使用法の単語であること、を条件にして掲載単語250種を選定した。そして、それぞれの単語について語義に関して分類を 行い、語義ごとに対応する個々の例文を4名のろう者が討論しながら作成した。4名のろう者は両親もろう者であり、いわゆるろう家 族の出身である。乳幼児期から手話の環境で育ち、現在にいたるまでに子供から高齢のろう者など、広範囲に渡り手話表現に接してき た経験をもっている。全体で掲載した例文数は約1500である。
 手話表現をどう表すかは、従来は絵であらわす方法が用いられてきた。この辞書では、手話表現の実際のビデオ動画を提示するとと もに、手話表現に関係する身体部位の動きを分析的に記述する方法もとることにした。このような記述を添えれば、手話学習者は手話 表現の何に注目したらいいか知ることができ、同時にビデオ画像を見れば手話を学習する上で役立つだろうと考えたからである。その 表記の形式は、第1行目に手話表現の中の頭の動きや姿勢、第2行目に手指動作によって表現される手話単語のラベル、第3行目に眉 の形状、第4行目に目の形、第5行目に口形の表現を記述してある(図3参照)。
「電子辞書」には、基本単語250種について、語義に関する分類と語義を引用した例文を載せた外、その単語が日常生活の中で高頻度 に使用されるような例文も掲載した。また、必要な場合には文法的な説明、類義語や反意語なども載せた。同時に、それらの手指動 作や顔の表情・姿勢の取り方などをわかりやすくするために、ろう者による実際の手話表現のビデオ動画を掲載している。
 従来、単語の検索は日本語から調べる方法がほとんどだったが、この電子辞書では単語を表現する手指動作の、手の形・接触など を入力することで検索できるようにした外、ラベルからの検索もできるようにした。電子辞書の全体の流れについて、図1に示してある。
 電子辞書は2つの画面からなっている。1枚目の画面(図2)で、日本語のラベルを入力するか、手話単語の利き手の手型や接触 の有無・接触位置などの手話単語の動作情報を入力して、単語が選択できるようになっている。単語を決定したら、その単語の例文 表示の画面(図3)に移り、そこでは説明画面とともに、ビデオボタンをクリックすると、その例文に対応した手話表現のビデオ映 像がみられるようになっている。
 電子辞書の動作環境はOS:Windows XP、メモリ:128MB以上 CPU:Pentium III以上、HDDの空き:5GB以上(DVDディスクのない 場合)、 Display:1024×768 配布媒体:DVDとなっている。



表1.ろう者2人の日本手話の対話を収録したろう者のプロフィール
(すべてろう学校卒業)
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60歳台男性 2名(1名は両親もろう)
50歳台男性 1名(両親は聴者)
30歳台男性 1名(両親は聴者)
20歳台男性 1名(両親もろう)
20歳台女性 2名(両親もろう)
20歳台男性 2名(両親は聴者)
20歳台女性 2名(両親は聴者)
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(図1)電子辞書の全体の流れ
図1.電子辞書の全体の流れ


(図2)単語の検索画面
図2.単語の検索画面


(図3)単語の例文画面
図3.単語の例文画面