〔国際協力情報〕
JICA・中国リハビリテーション専門職員養成プロジェクトに参加して思うこと
副院長 赤居 正美



 この8月(8月18日〜22日)に国際協力機構(JICA)の専門家業務として、中国北京へ出張した。5年前から開始 された理学療法士・作業療法士(PT,OT)養成のための4年制コースを、中国に初めて作り上げる「中国リハビリテ ーション専門職養成プロジェクト」の最終行事として、JICAと中国リハビリテーション研究センター合同開催による シンポジウムに参加したのである。5年前の3月に厳冬の北京へ最初の訪問調査団の一員として参加してより、2年 前の10月には中間評価時の調査団長として、また本年の5月には終了時評価調査団の一員として3回、さらには日本 リハビリテーション医学会の仕事に関連した訪中の際に合わせて折衝したものも入れると、都合5回目となる北京で あった。
 このプロジェクトに関連し、過去5年間の中国側との折衝で受けた印象は、お互いに概念を共有する事はなかなか 難しいということである。同一用語を使っていても、その内容理解には大きな落差がある。今後の協力業務に当たっ て痛感したことのひとつに、教育に関する考え方の相違がある。例えば、前回訪中した中間評価の際に最も危惧され た問題は、「臨床実習」における教育目標の不明確なことであった。
 現在、日本において、医療関連職に実施されている教育体系の目指すところは、知識と技能の統合による臨床能力 の向上である。決して教科書から知識を学び、指導者から手技を習得すればよいのではない。これらの知識、技術は 教師から学生へそのまま伝わっただけでは意味が無く、あくまで治療手段として実際の患者に適応されてはじめて意 義を持つ。伝達された知識・技術を個々の患者に応用し、対処することにより、機能改善が図られていくのである。 さらに基礎となる医学知識は科学的裏付けを持つ普遍的なものであっても、適応対象となる患者は社会的背景も千差 万別であり、本人・家族の受け止め方もそれぞれ異なっている。患者の健康状態の改善に有効かどうかが大事なので あり、対象一人一人が特異的なのである。こうした様々な背景の患者に対応できる臨機応変、個別対応能力をどう育 てるかに臨床実習の本質があることを中国側に理解してもらいたかった。加えて患者が満足し納得すると共に、家族 など周囲の理解も得られなければならない。
 具体的には、コミュニケーションスキル、問題解決能力が不可欠であり、言語表現を通した他者との積極的な討論 、意見交換によって獲得されるものである。この能力は一方通行の教育方法では習得できない。教育手法としては、 問題を設定しその解決を図る講義・演習を企画し、基本的な臨床技能の達成度を評価できるシステムを目指さなけれ ばならない。つまり臨床的な推論、意志決定の過程を習得していくことが重要とされている。
 こうした新しい流れの定着は日本側においてさえ、いまだ十分とは言えないかもしれない。しかし、その方向性・ 必要性すら理解されないのはまことに辛く、臨床実習が単なる一方通行の「見学」に終わりかねない。ただただ知識 ・技術の伝達に終始するのでは意味がなく、個別の症例に併せて適応する能力を身に付けなければならないのである 。
 本プロジェクトに引き続き、端緒についたばかりのPT・OT養成を今後、中国全土に向けて展開していくため、中国 側よりJICAに次期プロジェクトの提案がなされている。まだまだ中国との縁が切れそうにもないのであるが、8月の シンポジウムにおける議論からは、当面、理学療法士と作業療法士を分離した身分法の確立は難しく、実質「リハビ リ治療士・療法士」養成を目指すことが予想された。
 地方展開を図り、各拠点リハセンターにおける講習会をプロジェクト活動の基本に据えるにしても、こうした身分 法・資格制度の目処が付いていないと、講習会終了者の位置づけは曖昧なままとなってしまう。これまでの4年制養 成コースでは、「国際標準レベル」というそれなりの達成目標があったが、疾患毎などテーマ別に組織された、短期 間と予想される講習会では達成目標をどう決定すべきなのか。外形的な資格制度以上に、こうした講習会での「教育 目標」をどのように設定するかが重要なポイントになるであろう。


(写真)シンポジウムの様子
シンポジウムの様子