〔研究所情報〕
「認知症のある人の福祉機器」シンポジウム開催報告
研究所福祉機器開発部
石渡 利奈



 平成18年11月11日(土)、学院大研修室にて、「認知症のある人の福祉機器」シンポジウム―生活の質を向上させるため の「もの」の活用と機器開発―を開催しました。国リハ研究所では、急増する認知症者への対応として、昨年度より、認知症を 対象とした福祉機器の研究開発に取り組んでいます。今回のシンポジウムはその一環として、本分野の先駆的研究者であるカナ ダトロント大学のアレックス・ミハイリディス氏をお迎えして行われました。
 認知症者を支援する機器が研究され始めたのは、欧米においてもこの10年のことで、日本ではまだほとんど研究されていませ ん。現段階では、ユーザーや支援者には機器が知られておらず、機器開発も技術シーズからの発想や介護者の負担軽減の目的で 行われているのが実状です。そこで本シンポジウムでは、認知症者のより自立した生活に向けて機器による支援を推進するため、 実例を通じ、当事者を中心とした機器の活用と開発について議論しました。
 プログラムは以下の通りです。 


第一部 13:30〜14:35
【開会挨拶】 諏訪基 研究所長、山内繁氏(早稲田大学)
【講演1】 “Using pervasive computing to support older adults with dementia(ユビキタスコンピューティングによる認知症高齢者支援)”アレックス・ミハイリディス氏(トロント大学 作業療法士学科)
   
第二部 14:45〜15:35
【講演2】 “現場発の道具と機器を使った認知症の対処法―認知症のリハビリテーションを始めよう―”安田清氏(千葉労災リハビリテーション科、ATR知能ロボティクス研究所)
   
第三部 15:50〜17:10
【講演3】 “老人保健施設での介護―認知症を持つ利用者が多い現場の状況―”吉野緑氏(医療法人矢尾板記念会 介護老人保健施設 今市Lケアセンター)
【講演4】 “認知症者の生活支援機器開発マップ―「もの」を使ってみませんか?―”石渡利奈(研究所)
【全体質疑】  
【閉会挨拶】 井上剛伸(研究所)


 開会挨拶では、諏訪研究所長より趣旨説明と演者紹介がありました。また、山内氏より当センターで認知障害に取り組むこと になった経緯の説明がありました。続く最初の講演では、機器開発の立場から、ミハイリディス氏がトイレでの手洗い動作支援 システムと安全な自立移動を実現する人工知能を搭載した電動車いすを紹介しました。ここでは、日々変化する認知症者のニー ズに適応するため、当事者や周囲の人、場所や状況の情報を取得し、人工知能を利用して機器のアウトプットを変えていく“コ ンテクストアウェアデザイン”の手法が提示されました。
 第二部では、千葉労災病院のもの忘れ外来にて、機器を用いた認知症や記憶障害の対処法を実践している安田氏に、現場での 適用例についてお話いただきました(安田氏は、当センター学院ST科のOBでもあります)。講演では、体に付けられる各種メモ 帳、安価な機器による服薬指導、思い出写真ビデオによる気分の活性化など、独自に開発したLow-Tech機器の紹介があり、ユー モアを交えた楽しいお話に会場が沸く一幕もありました。講演の最後では、ATR研究所で実施しているテレビ電話を利用した情 報セラピープロジェクトも紹介されました。
 休憩を挟んだ第3部では、まず、日光市にある介護老人保健施設 今市Lケアセンター師長の吉田氏より、グループホームや在 宅介護支援センターなど、複合的サービスを提供している矢尾板記念会の概要と、センターを利用する認知症者の現状について 説明がありました。また、実際に現場で使用してよかった“物”、あったらよい“物”の職員を対象としたアンケート結果が紹 介され、貴重な報告となりました。
 最後の講演では、当事者中心の機器開発を進めていく上で、現状ある機器を活用し、現場に機器の有効性を伝えていく必要が あるという認識のもと、筆者が、既存の機器を総覧する「認知症者の生活支援機器開発マップ」の紹介を行いました。ここでは、 開発されている種々の機器について、支援対象とする生活機能、およびユーザーの認知機能と身体機能に応じて包括的に整理す る視点を提案しました。
 当日の参加者は86名にのぼり、家族、介護者、看護師、ケアマネージャー、行政職、作業療法士、言語聴覚士、開発者、研究 者と多種多様な関係者が一堂に介する中、全体質疑では、各立場から貴重な発言と討論が行われました。また、つづく交流会で も、看護師と企業の研究者、家族と開発者など、普段顔を合わせる機会が少ない参加者同士の間で、活発な情報交換が行われま した。
 認知症者の機器の活用と開発には、ユーザーの複雑な特性を読み解く必要があり、当事者、および認知症者の特性を把握する 介護者・専門職と、技術を開発し提供する研究・開発者の協力が必要になります。今回のシンポジウムでは、開発者と現場が機 器を用いた今後の認知症者支援について、知見を共有し、議論する良い機会となりました。今後は、シンポジウムを通して語ら れた、機器開発の視点、および認知リハ分野や現場での機器の活用を、さらに発展させていきたいと考えています。
 末筆にはなりますが、開催にご協力いただきました皆様、休日にも関わらずご参加いただきました皆様に、この場を借りて御 礼申し上げます。なお、ミハイリディス氏の招へいは、長寿科学総合研究推進事業「外国人研究者招へい事業」の助成を受けて 実施されました。ここに記して、感謝の意を表します。