〔国際協力情報〕
JICAチリ国身体障害者リハビリテーション
プロジェクト終了後のPAC病院
総長 岩谷 力


 2006年11月17日から11月27日にかけて、チリ、サンチアゴ市のペドロ・アギレ・セルダ国立リハビリテーション研究所(以下、 PAC病院)を訪れた。2000年8月から2005年7月までの5年間にわたって、私たちセンターはJICAのチリ国身体障害者リハビリテ ーションプロジェクトの日本側の国内支援員会の中心となって、専門家の派遣、研修員の受け入れの中心的役割を果たしました。 この間、当センターでは延べ13人の職員を派遣し、22人の研修員を受け入れ、計1222日間の研修を行いました。中国リハビリテー ションセンターとの協力に次ぐ、大きな国際協力事業でありました。昨年のプロジェクト終了時に、「地域リハビリテーション」 と「人材育成」に大きな成果を収めたと高い評価を得ました。
 プロジェクト終了後、この成果は、チリ政府とPAC病院が中南米諸国の障害者の社会参加と生活の質の向上に貢献するために行 う研修会への協力支援として、JICAのチリ国第三国研修「身体障害者リハビリテーションコース」プロジェクトへと発展しました。 今回、この第三国研修コースでの講演と、PAHO(Pan American Health Organization)の地域リハビリテーションのセミナーにお ける講演依頼を受けて、チリ国を訪問し、プロジェクト終了後のPAC病院の活動状況を確認する機会を得ました。
 PAC病院は施設全体が明るく清潔で、職員が笑顔で活発に勤務していたことが第一印象で、2003年に訪問したときの淀んだ雰囲気 とは大きな違いを感じました。数カ所の大学からリハビリテーション関連職種の学生の教育を引き受けて、職員、建物も増え、通所 リハビリテーションサービス、第三国研修の実施、コスタリカへの職員派遣、PAHO会議の運営など、チリ国の障害者リハビリテーシ ョンの中心機関として力をつけていることを感じとることができました。2003年に設立された病院の近隣にある地域リハビリテーシ ョンセンターに職員を派遣して、子どもから成人までの障害者を対象として、様々なサービスを提供しており、中には経済的収入が 見込まれているものもあり、地域に大きな貢献をしているものと思われました。さらに、PAC病院周辺で薬物使用者が減少した、町 が清潔になったなど、環境が改善されたことも語られました。  PAC病院で開催されていた第三国研修「身体障害者リハビリテーションコース」において、「日本の障害者福祉の現状」、「国立 身体障害者リハビリテーションセンターの組織と活動」について講演を行いました。主催者からの要請を受け、日本の障害者福祉制 度の仕組みを紹介し、障害者リハビリテーションの中核機関としての当センターの組織と活動を紹介しました。PAC病院は国立のこ どもリハビリテーション病院として、地歩を固めて大きな社会的貢献も果たしている実績を踏まえて、施設の移転新築を計画中で、 その際にはこども病院から、64歳までの成人障害者をも対象としたリハビリテーション病院に発展させる計画が紹介されました。
 11月22日から24日までの3日間、PAHO地域会議が中南米のみならず、WHO本部、インド、アフリカから約300名の参加者を得て開催 されました。医師の参加者はごく一部で、多くの障害当事者の参加もみられました。障害者の地域社会参加のための地域リハビリテ ーション(Community Based Rehabilitation)の発展における医療の役割に否定的な意見もあり、障害者が家庭に引きこもりとなら ざるを得ない環境、貧困対策に関心が集中していました。印象的であったのは、アルゼンチンのAlicia Amate女史が「Medicalization is economization」と述べたことでした。健康とは身体的健康のみを意味するものではなく、西洋医療の仕組みを利用して身体的健 康を維持することは、健康を金で買うことであるというのです。これは、WHOのアルアマタ宣言やオタワ憲章における発展途上国にお ける国民の健康水準をあげるためのprimary health careに近代的医療機関は役立たないという認識に連なる考えであると理解されま した。「日本の国民の健康を支える医療は西洋医学に基づいて築いた健康維持のシステムで、先端技術を用いて行われる医療はシス テムの運営管理に多額のお金がかかり、サービスをうけるために高額な診療費が必要で、経済的に不利な人々は医療へのアクセスが 制限されている。従って健康のためには医療以外の資源の利用が必要である。健康であることは基本的な人権として保障されるべき 権利であり、病院が健康の権利を保障するために必要であるならば、病院へのアクセスは政府が保障すべきである。」との主張です。 この場合のアクセスは、物理的なアクセスばかりではなく、貧困であっても医療サービスを受けることができる制度までを含んだも のと考えられます。最も遅れた発展段階にある国では、病院は富裕層だけが利用できる施設で、医療施設が地域リハビリテーション の中核とはなり得ず、「少額クレジット」(エクアドルからの報告)のような貧困対策が優先される地域があることが分かりました。
 チリ国のように中程度の発展段階にある国では、医療資源ことにPAC病院のような地域における貧困者も通える医療施設は、地域リ ハビリテーションの中核になりうると考えられました。PAC病院からの発表「家庭への在宅支援」は、病院スタッフが地域に出かけて 障害者を見つけ出して、病院に入院させてリハビリテーション治療を行い、さらに家族を教育して在宅に戻り、follow upを行うとい うもので、我々が先のプロジェクトを通じて、伝えたメッセージが実現されており、このような経験がPAC病院の職員の自信となって、 第三国研修を積極的に推進しているものと考えられました。
 チリ滞在の最終日に、JICA事務所に、ハノイで開催されたAPEC首脳会議において、安倍首相とチリ国バチェレ大統領の首脳会談で、 パチェレ大統領から、「障害者に対する協力を評価している」とのことばが伝えられ、安倍首相は日本とチリとのこれまでの協力実績 を評価し、協力関係を継続したいと述べた中で、協力実績の例としても第三国への協力、チリスタッフ(PAC病院スタッフが参加)の コスタリカへの障害者支援を取り上げたとのメールが日本のJICAからあり、チリ国がPAC病院の支援プロジェクトの成果を高く評価し ていることを知りました。このような首脳会談の話題になるような国際協力に貢献できたことは大変うれしいことであります。センタ ーとして、協力できたこと、その成果が上がったことを名誉と思い、ご協力いただいた皆さんに心から感謝申し上げます。
 当センターとPAC病院との協力について、両施設は情報交換における協力関係を維持することについて、Carolina Hernandez院長との 間で合意しました。また、JICAのプロジェクトの枠組みの中で、協力関係を深めることといたしました。
 PAC病院は、5年間のプロジェクト協力により新しく生まれ変わり、障害者リハビリテーションの拠点として、国を代表する機関とし て機能していることが実感されました。我が国の制度、仕組みは世界に誇る水準にあり、わが国が築いてきたような医療を出発点とする 障害者福祉制度を構築することによって、社会の安定に寄与でき、その成果をチリ国首脳が評価していることを知ることができました。 日本の障害者福祉制度、障害者リハビリテーションに関する知識、医学的治療方法、手法、サービス提供システム、システム運営方法な どは、戦後60数年をかけて築いてきたものであります。このような分野における協力が国際的な友好関係の発展に貢献できることが実感 できたことは、私たちセンターのこれからを考える上でも大変有意義なことでありました。


(写真1)PAC病院関係者と岩谷総長
PAC病院関係者と岩谷総長(右から2番目)

(写真2)PAC病院玄関庭園
PAC病院玄関庭園