〔研究所情報〕
筋電義手と試用評価サービス
研究所補装具製作部
義肢装具士 佐々木 一彦


 研究所補装具製作部では、義足や義手等身体補助器具を必要とする方達のニーズに答えることをモットーに研究開発および、 製作・修理・試用評価サービスを行っております。特に試用評価サービスは、日常生活や社会生活を行う上で一般的な補装具で は対応が困難な場合に、試験的製作を行って、従来の補装具よりどの程度の効果を上げることができたかを評価するもので、研 究テーマの発掘と臨床ニーズに応える上で重要な役割を果たしております。補装具製作部の試用評価の代表例としては筋電義手 の試用評価があります。筋電義手とは筋肉が動く際に発生する非常に弱い電流を皮膚から検出し、この電流を増幅して電子制御 ハンドを動作させる義手のことです(図1c)。筋電義手は従来型の義手(装飾用義手や能動義手など図1a b)に比べて、自 然な外観と強い把持力を持つ利点がありますが、非常に高価(従来の前腕義手が10万〜30万円に比べて筋電前腕義手は約100万 円)で、市区町村からの支給補助を受けるための対象外とされているため、日本での普及は欧米にくらべて大幅に遅れていま す。1998年に行われた調査によると日本の主要な製作所で製作された義手は4417件中、筋電義手がわずか8本であったことが 報告されております1)。この問題に取り組むため、補装具製作部では平成11年より、試用評価の希望者があった場合に即時 の対応ができるよう製作環境を整えました。このアプローチはやみくもに筋電義手の提供を図るものではなくて、従来型義手 の試作・訓練に加えて筋電義手の試用評価サービスをおこなうことで、双方の利点と欠点を比較し、選択できる立場を利用者 に考慮したものです。平成19年2月までに26件の義手の試用評価サービスを実施し、筋電義手の適応になったケースは11件で ありました。この経験の中で、筋電義手のより効果的な適応を見極めることと、適応が難しいケースの判別ができるようにな りました。特に筋電義手の適応が難しいケースは、高位切断(肘より上での切断や肩での切断)例で、高位切断では残存した 筋から発生する電位(筋電位)の検出や制御が困難であることが明らかになりました。これまで高位切断についても筋電義手 のアプローチにチャレンジしてきましたが、筋電義手が適応となったケースは皆無でありました。しかし、昨年に初めて肘よ り高位切断の方で、筋電義手の適応に成功し、職場復帰および公的補助を受けることができましたので、この臨床アプローチ について報告させていただきます。
 筋電義手の試用評価を始めるに際して大切なのは、電動義手が公的支給の基準外対象であるため交付が認められない場合が あり、最悪の場合、入手を断念しなければならないリスクがあることを説明することです。以上のことを踏まえて試用評価を 開始していきます。試用評価はまず、即時に製作できる簡易的な従来型の義手(図2)を製作し、作業療法訓練を行います。


a 装飾義手
b 能動義手
c 筋電義手
 
従来型義手と筋電義手
 
試作した従来型義手
a
装飾義手
b
能動義手
c
筋電義手
 
図1 従来型義手と筋電義手
 
図2 試作した従来型義手
    図3 筋電位の採取検査


 従来型の義手の訓練と並行して筋電義手の指の操作を行うために、どこの筋肉で電位を採取すれば効率が良いかを検査します (図3)。今回は、上腕二頭筋の収縮で指のつまみ動作をできるようにし、上腕三頭筋の収縮で指の開き動作を行えるように設 定しました。ここで難渋なのは、電動ハンドの指を動かすために上腕二頭筋と上腕三頭筋をそれぞれ独立して筋電位を発生させ ることです。これを筋電分離と呼んでいます。最初は筋電位が発生せず、発生したとしても両方の筋電位を同時に発生させてし まうため、肘より上の切断の方に筋電義手を適応させることは現時点で不可能だと考えておりました。しかし3日ほど練習を続 けると、わずかながら筋電分離ができることを確認しました。筋電分離の特訓は訓練室だけでなく、自室に戻っても練習ができ るように評価セットを貸し出すことで1週間後には、確実に筋電分離ができることを確認できました。この筋電分離が確認でき た時点で簡易的な筋電義手の試作を行い、従来型の義手と併せて筋電義手についても作業療法訓練を進めてもらいました。この 作業療法訓練の中で本人がどちらの義手のほうが、より使い勝手の良い義手かを判断していただき、選択した義手について日常 生活および社会生活で本当に適応できるかどうかの試用評価を約1カ月間行いました。今回は実生活での適応評価の中で、本人 が筋電義手を第1に希望したため、身体障害者福祉法に基づく基準外申請(現在では自立支援法の特例補装具の申請にあたる) を行うに至りました。基準外申請では基準外補装具が必要な理由を提示しなければならないため、今回は図4及び表1のような 評価項目結果と証拠のDVD映像を提示し、筋電義手が職業復帰に最も適していることを提示することで、公的補助の対象として 認めてもらうことができました。最終的に完成した筋電義手は図5のようになりました。


お金の取り出し
 
荷物の運搬1
 
プラモデル製作
 
自転車の運転
お金の取出し

 
重荷の運搬1

 
プラモデル製作

 
自転車の運転

重荷の運搬2
 
靴紐
 
工作1
 
爪きり
重荷の運搬2

 
靴紐

 
工作1

 
爪きり



表1 評価結果
   
  紙幣・硬貨の取り出し 軽い物の(ビー玉)移動 重量物の搬送 傘をさす ふたの開閉 自転車の運転 皿洗い 爪きり 自動車の運転 工作 蓋の開閉 皿洗い
能動義手(フックタイプ)
×
×
×
能動義手(ハンドタイプ)
×
×
×
筋電義手
  完成した筋電義手
○:可 △:要時間で可 ×:不
 
図 5 完成した筋電義手


 今回の事例で筋電義手の適応が決め手になった理由は、上腕二頭筋と上腕三頭筋の筋電分離において、訓練室だけの 練習だけでなく、評価セットの貸し出しによる自主トレーニングを行うことで筋電分離が確実にできるようになったこ とだと確信します。作業療法訓練中に表1の記録と実生活での適正評価を行うことで、基準外申請の必要理由(根拠) を速やかに作ることができたことも今回の成果と考えております。
 現在は、今回成功した事例にならって、より高位で切断されたケースにチャレンジしております。結果は一進一退を 繰り返しながらも、ようやく日常生活および社会生活で、筋電義手がより適合した義手として選択されるに至っており ます。現在は自立支援法の特例補装具の申請理由書の作成に入る段階で、申請が認可されることを祈りながら理由書の 作成を行っております。今後も研究所補装具製作部は利用者に選択できる試用評価サービスをつづけ、利用者ニーズに 応えられる補装具開発に努めていくことを宣言して報告の閉めとさせていただきたいと思います。


残存上腕(6cm)   試用評価用筋電技手
残存上腕(6cm)

 
試用評価用筋電技手

図 6 現試用評価中の高位切断者と試用評価用義手筋電義手


引用文献:1)中島咲哉 義手の処方・製作状況から見た実態−10年で何が変わったか、日本義肢装具学会誌Vol.5、No4、pp349−353、1999.