〔研究所情報〕
感覚器障害戦略研究
研究所感覚機能系障害研究部 森 浩一



 聴覚障害児を取り巻く環境は、過去20年間に劇的に変化しました。最も大きな進歩は、人工内耳の実用化と普及です。現在では毎年約200人の小児とほぼ同数の成人が人工内耳の手術を受けています。補聴器も進歩しており、高度難聴でも補聴が容易になってきています。現在では早期に補聴と訓練を開始することで、先天性の高度難聴があっても普通小学校に就学できることが多くなりました。このような進歩を受けて、新生児聴覚スクリーニングを実施する自治体も増えています。

 乳幼児では成人の中途失聴と異なり、聴覚活用の開始が遅れるために音声言語の発達も遅れてしまうという問題があります。聴力以外が正常でも難聴で言語発達が遅れることは理解しにくいと思いますが、正常な言語発達のためには、若いうちに適切な言語入力があることが必要であることがわかっています。先天性に聴覚障害があると、言語発達に重要な幼児期に言語入力が不足しやすいため、言語能力の発達が2次的に妨げられます。日本語の能力(国語力)が十分に発達しないと、学業や社会生活に様々なハンディを負います。

 難聴児は全国で毎年千人程度出生し、また、この数倍の小児が生後に補聴が必要な程度の難聴になります。大都市周辺であれば療育・治療の機会は多いのですが、日本全国どこでも同じ状況ではありません。療育方法についてもいくつかの考え方があり、比較研究が不足しているために十分な根拠に基づいた選択ができない状況があります。また、早期に療育を開始しても良好な聴能を獲得できない子どももおり、小学校入学時には健聴児並みでの言語発達が見られても、10歳前後に国語力の不足が目立ち始めることもあります。一方で、聴覚の治療・訓練をせずに、最初は手話を習い、言語能力が発達してきてから外国語として日本語を習うという選択肢も選べるようになって来ましたが、まだまだ教育環境は整っていません。

 このような状況を受けて、平成19年度から5年間の予定で感覚器障害戦略研究が始まります。従来の厚生労働科学研究事業では、分野によっては学問的な先進性が重視されるため、臨床現場にすぐに役立つ研究が採択されにくい傾向がありました。「戦略研究」は、国民的ニーズが高く、着実に解決を図ることが求められている研究課題について、成果目標を設定して実施する大規模な研究とされています。すでに自殺予防、エイズ、糖尿病などの大規模介入研究が進行中です。感覚器障害戦略研究については、平成18年度厚生労働科学特別研究事業「戦略的アウトカム研究策定に関する研究」(主任研究者:黒川清 東京大学先端科学技術研究センター客員教授)の報告に基づき、次の2課題が設定されました。

(1)聴覚障害児の療育等により言語能力等の発達を確保する手法の研究

(2)視覚障害の発生と重症化を予防する手法に関する介入研究

  この研究の実施機関としては財団法人テクノエイド協会が選定され、同協会より、研究リーダーが9月に公募されています。(2)の課題は医学的疫学(コホート)研究が想定されています。(1)は聴覚障害児のリハビリテーションを中心とした課題であり、センターの多くの部門で長年取り組んで来た問題であるため、センターとして総合的・主体的に参加でき、かつ重要な貢献をすべき課題と思われます。本稿執筆時点では研究リーダーが未定ですが、いずれにしても学際的な協力が必要であり、この研究にセンターが大きく関わっていくことになることは確実ですので、全国の難聴児の福祉を向上させるべく、センターの皆様には積極的な関与とご協力をお願い致します。