〔学院情報〕
学院手話通訳学科紹介
〜わが国初の専門的・体系的な手話通訳養成機関として研究・教育を進めています〜
学院手話通訳学科



 手話通訳学科は平成元年に手話通訳士試験がスタートしたのを受けて、養成モデル校として平成2年に設置されました。以来、ボランティアを基盤としてきたわが国の手話通訳養成の分野における初の専門的・体系的な教育機関として研究・教育を進めてきました。

 開設当初は修業年限1年・定員10名でしたが、平成13年に2年制・定員15名に、平成15年には定員30名になり、これまでに244名の卒業生を送り出しました。卒業生は自治体や社会福祉協議会、聴覚障害者情報提供施設などに手話通訳者あるいは手話通訳コーディネーターとして採用されたり、聴覚障害者を雇用する企業や関連団体、ろう老人ホームやろう重複施設等の関連施設に就職するなど、全国各地で活躍しています。

 なお、高等教育機関における手話通訳養成は、現在においても一般的ではなく、手話通訳養成校は、本学科のほかには私立専門学校が都内に2校あるだけです。


語学教育としての手話教育

 専門的・体系的な手話通訳養成機関の開設にあたっては、手話通訳養成の先進国である米国などにおける研究・実践が参考にされました。そこで強調されていたことは、手話は独立したひとつの言語であり、手話教育には語学教育の理論と方法が応用されるべきであるということです。米国の高等教育機関における手話教育では、すでに語学教育において主流になりつつあったコミュニケーション重視の教授法が採用されていましたが、本学科では、コミュニケーション重視の教授法の中でも、特に日本人学習者に適した教授法として、第二言語習得理論研究の第一人者であるクラッシェンと、スペイン語教師のテレルが提唱した「ナチュラル・アプローチ」を採用しました。この教授法は細かい修正を繰り返しながら、現在においても本学科の手話教育の基盤となっています。


ネイティブの重要性

 語学教育の成否は、学習者がどれだけ多くの時間、目標言語にふれることができるかにかかっています。そのために不可欠なのが、ネイティブ(母語話者)の存在と効果的な教材の確保です。特に優秀なネイティブ教師の存在はもっとも重要であり、本学科では開設2年目に教官としてネイティブのろう者を採用し、定員を拡大した平成15年度には二人目のろう者教官を採用しています。現在は、「コーダ(Coda)*」と呼ばれる、ろうの両親のもとに育った聴者を含め、4名の専任教官のうち3名がネイティブという状況です。ネイティブの非常勤スタッフ(常時10名前後)の存在もきわめて重要であり、ネイティブ指導者の育成にも力を入れています。そのほか、いわゆる「座学」の場合でも、その分野にネイティブの専門家がいれば、できるだけネイティブから授業を受けられるようにしています。たとえば今年度から「法学概論」は全国でも数人しかいないろうの弁護士に講師をお願いしています。また、さまざまなバックグラウンドをもつろうの方々(年間30名)をゲストとして招いています。「手話を学ぶ」だけでなく「手話で学ぶ」ことによって、より効果的な習得が期待できるのです。


映像教材の活用

 教材については、手話が視覚言語であるということから、映像教材をいかに活用できるかが重要な課題となります。学科開設当初はビデオテープが主流で、教材の作成・管理・利用には多くの困難がありましたが、デジタル化の進行とともに大幅に改善されました。本学科ではつねに最新の映像処理技術を利用できるよう、ハード面の整備に努めています。現在では、動画サーバのハードディスク上に置いた映像教材を、無線LANを通じたビデオオンデマンドによって、学科内のどこからでもパソコン上に呼び出して見られるようになっています。


少人数教育と実践的教育

 通訳教育においては、豊富な練習量と自己分析力の向上が鍵を握ります。そこで本学科では、通訳実技の授業が効果的に実施できるよう、定員30名の各学年を3グループに分け少人数教育を行っています。また、2年生になると、より実践的な能力を身につけるために、イベント、講習会、会合、冠婚葬祭、トラブル場面などを想定した模擬通訳を毎週行います。そのほか、手話に関連する施設での通訳実習(2年生の夏に1週間、冬に3週間)、全国規模のろう者のイベント(老人大会、婦人集会など)に要員として参加する交流実習(各学年1回ずつ)などがあります。


卒業研究、各種発表会、センター行事

 本学科の卒業研究は、その研究内容はもとより、「プロジェクトワーク」という位置づけのもと、目標言語を使って調べ、目標言語で発表することを通して、手話に関する総合的な能力を向上させることを目的としています。実習報告会など各種発表会においても、1年生の日本語による発表を2年生が通訳するなど、あらゆる機会をとらえて「プロジェクト化」することで、より多くの実践の場を作り出しています。また、センター行事のうち、体育祭と避難訓練は、2年生が実際に通訳を経験する場とさせていただいています。


手話通訳士試験

 厚生労働大臣公認「手話通訳士試験(手話通訳技能認定試験)」は、全体の合格率が10%程度の難関です。受験者には3年程度の手話通訳実務経験があることが想定されており、その試験に在学中に合格することは困難をきわめます。本学科では、在学中に10%、卒業後3年以内に30%、最終的には50%の卒業生が手話通訳士試験に合格することを数値目標として掲げています。平成19年4月現在、卒業生全体の合格率は35.2%ですが、2年制移行後に限ると、卒業後3年を過ぎた平成15年および16年卒業の2学年は、59.3%の合格率を達成しています。また、卒業後3年未満の3学年の合計も26%となっており、着実に実績をあげています。


合格率向上のために

 手話通訳士試験の合格率向上のためには、在学中の教育内容の充実だけでなく、卒業生が卒業後も合格するまで試験を受け続けることがきわめて重要です。その動機づけのためにも、関連職種への就職率の向上は最重要課題です。また卒後教育の充実、卒業生との交流の維持なども重要です。関連職種への就職率については、2年制移行後は70%前後を維持しています。卒後教育では、センターの特定研修生制度を利用して、卒業生に対して手話通訳士試験合格に特化した指導を行っています。18年度は7名のうち4名が中途でリタイアし、手話通訳士試験合格は1名のみ(33.3%)という結果でした。卒業生との交流に関しては、メーリングリストを開設し、全卒業生が求人情報や試験対策などを共有できるようにしています(卒業生全体の73%、2年制移行後に限ると97%が登録しています)。


全国手話通訳者統一試験への取り組み

 近年、都道府県レベルの手話通訳資格を認定する手話通訳者全国統一試験(社会福祉法人全国手話研修センター)が急速に一般化しつつあります。今後、統一試験合格が関連職種への就職の応募条件となっていく可能性があり、関連職種への就職率の維持・向上をめざす本学科にとっても、統一試験合格は重要な課題となってきました。しかし現状では、本学科を含めた専門学校卒業(見込)者には受験資格がないとする地域があったり、統一試験未実施地域(埼玉県や東京都の大部分)に居住する学生には受験機会が与えられないなどの問題が生じています。このような受験機会の不均等を解消するために、関係団体との調整を続けているところです。


学力低下への取り組み

 通訳という行為においては、通訳者が理解できないことは通訳できません。ですから、通訳者には豊富な知識と深い洞察力が必要とされます。また、第二言語である手話の能力だけでなく、母語である日本語にも高度な能力が必要とされます。ここ数年、入学志願者の減少もあって、学生の学力低下が問題となっています。そこで、知識を増やし蓄えていく力の向上に焦点をあてた授業を実施する一方、日本語検定や語彙力検定など各種検定の受検を通して学生自身の意識を高め、日常の中で継続的に取り組むよう促しています。


おわりに

 年末を迎え、2年生は手話通訳士試験も終え(発表は1月末)、2月末の卒業研究に向けて熱心に取り組んでいます。1年生は通訳実技がいよいよ本格化し、いままさに通訳者への道を歩み始めたところです。卒業生の関連職種への就職や新入生の募集に関しまして、ご支援をよろしくお願いいたします。


学院ホームページ:

http://www.rehab.go.jp/College/japanese/index.html


* Coda:"Children of Deaf adults" という英語の略語



(写真1)交流実習
交流実習(全国ろうあ老人大会への要員参加)


(写真2)ネイティブのゲストを招いての授業
ネイティブのゲストを招いての授業


(写真3)通訳実技
通訳実技(ビデオを用いた手話から日本語への通訳)


(写真4)実習報告会
実習報告会(1年生が発表し、2年生が手話通訳)