〔病院情報〕
大島莉紗さんヴァイオリンコンサート
第二機能回復訓練部 白坂康俊

 平成20年4月1日、よりによって新年度の初日、異動などでセンター全体があわただしい中、当センター講堂において世界的なヴァイオリン奏者である大島莉紗さんによるコンサートが開催されました。
 演奏曲は、モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ“第25番ト長調”、シューベルトの幻想曲ハ長調D.934、R.シュトラウスのヴァイオリン・ソナタ“変ホ長調作品18”でした。当センター病院に入院中、そして外来通院の患者様、さらに更生訓練所利用者の皆様を中心に140名以上の方が、そのすばらしい演奏を堪能しました。
 演奏者の大島莉紗さんは、桐朋学園大学ソリストディプロマコース終了後、文化庁在外派遣研修員として英国王立音楽大学大学院に留学、在学中に、女性として初の受賞となるユーディ・メニューイン賞をはじめヴァイオリンにおけるほとんど全ての賞を受賞されました。ローム・ファンデーションから奨学金を受け、1999年同大学大学院を過去最高点の首席で卒業、その後、世界各地で演奏会を開催し、世界的に高い評価を得ています。その後も、ヤマハ・ヨーロッパファウンデーションコンクール優勝を始め、数々のコンクールに入賞したことがその才能のすばらしさを示しています。2003年からは、パリ・オペラ座管弦楽団のヴァイオリニストとして活動中、さらには、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団の客演首席奏者としても各地のコンサートツアーに参加するなど、パリ・オペラ座を拠点に、ヨーロッパ各地で、ソリスト・室内楽奏者として多彩な活動を展開している才媛です。
 実は、このコンサートは、大島莉紗さんのご好意で実現しました。この秋にパリ・オペラ座は、日本で大きな演奏会を行います。大島さんもこの演奏会に参加されますが、それに先立ち4月5日に、やはりオペラ座所属のピアニストであるマーティン・カズンさんとのお二人によるヴァイオリンコンサートが日本で開催されることになりました。そのための来日に合わせて、障害を持つ方とそのご家族、支援する方を支援したいという大島さんのご好意により実現したわけです。ただ、今回は、滞在期間が短いため、4月1日という日程しか選択肢がありませんでした。
 昨年の3月に病院機能評価を受審した頃より、当センター病院では、地域の方や一般の方と病院が連携して、障害を持つ方のリハビリテーションに取り組む試みを積極的に推進しています。以前この国リハニュースでもご紹介した、日大芸術学部の学生さんによるパーフォーマンスもその流れの中で実現しました。こうした試みの中で、筆者の旧知であり、芸術家の支援をするNPO活動任意団体「ART FANS-アートファンズ−」の代表小原氏が活動の橋渡しなどをしてくださっていました。今回の大島莉紗さんのご好意も小原氏が橋渡しをしてくださり、「ART FANS」主催、国立リハセンター協力、所沢市後援で実現しました。センター内の広報は筆者が担当し、センター外へは小原さんにご案内をして頂きました。
 当日は、10時過ぎから準備を開始しました。大島さん、ピアニストのカズンさんはお昼ごろに到着され、昼食もそこそこにリハーサルに入り、2時間以上もかけて入念な準備をされました。リハーサルのあと、アーティストのお二人は総長・管理部長と歓談され、国リハの役割もご理解いただけました。
 午後3時30分、いよいよ開場の時間になりました。あいにく昼前から風の強い日だったこともあり、せっかくのコンサートにどれだけの方がおいでくださるか不安もありましたが、事前の指導課はじめ更生訓練所のご協力、広報・ヴォランティアのワーキンググループを中心に病院全体のご協力、さらに当日は総長、管理部長以下事務方の全面的なバックアップにより、予想以上の方においでいただくことができました。
 ほぼ、時間通りにコンサートは開始され、車椅子の方、視覚障害の方、聴覚障害の方など全ての障害をお持ちの方に、約1時間半、一流のクラシック音楽の演奏を楽しんで頂けました。センターの利用者、患者様以外にも、外部からかなりの方が参加してくださいました。演奏のすばらしさは、参加された方からのアンケートの感想を一部ご紹介することでご理解いただけると思います。
 「美しい音色で感動しました。」「心に残るすばらしい演奏でした。もっと大勢の人に聴いてほしかったという思いで一杯です。」「とても聴き入ってしまった。癒されて心に残った。」「感動した。涙がとまらなかった。」「すばらしい!涙が出ました。又、演奏お待ちします。」「自分から出ていって聴くことの出来ない人達に素晴らしい機会だと思います。環境の整っていない、演奏中の出入りのあるような中での大島さん、カズン氏に対し、心から敬意を表します。」
 今後、このようなクラシックコンサートの開催をご希望でしょうかという質問には、35名中33名が希望すると回答されました。是非次の企画を実現したいと励まされる思いです。
 さて、このコンサートに参加されて、当センター講堂に立派なグランドピアノがあることを初めてお知りになった方も多いかと思います。ただ、このピアノは長年調律がされておらず、当日調律師の方が3時間近くかけてよみがえらせてくださいました。後で、お聞きしたところ、調律前は、とても一流ピアニストの演奏に耐える状態ではなかったそうです。そこで、調律師の方は、調律の域をこえ、ほぼピアノ解体といっていいような調整を、リハーサルのギリギリまでしてくださいました。実は、この調律師の工藤さんという方も、ピアノの譜めくりをしてくださった方もボランティアで協力してくださっています。そして、二人のアーティストへのお土産には、これも所沢在住の作家のご好意による羽子板をプレゼントしました。
 このように、多くの地域の皆様に支えられコンサートが実現しまた。コンサートそのもののすばらしさは言うまでもないことですが、これまで、必ずしも一般の方、地域の方との連携という点では、当センターが充分な役割を果たせていない中、今後の可能性を示すという点でも意義のあるコンサートだったと確信しています。
 まさに、この原稿を書いているとき、大島莉紗さんとマーティン・カズンさんからメールを頂きました。
 「コンサートではずっと同じ姿勢を保っているのも辛そうな方々が、じっと集中して聞いてくださり、本当にこちらにとっても励みとなりました。あのコンサートで少しでも心が安らいだ方がいらしたなら、こちらとしても嬉しい限りです。また何かの機会がございましたら、是非お声をかけていただければ幸いです。」(大島莉紗さん)
 「Just a quick note to say thank you for having Lisa and myself to play a few weeks ago in your concert hall. I enjoyed it very much and hope to return to Tokyo one day in the future.」(マーティン・カズン)
 演奏をお聴きになった障害を持つ方とご家族、支援者の皆様、すばらしい演奏をしてくださったお二人のアーティスト、コンサートを支えてくださった市民や学生ボランティアの皆さんの間に生まれたバリアフリーの空間、そこに今後果たしていかなければいけない、国立リハセンターのさらなる役割を垣間見たような気がしてならないのは私だけでしょうか。


(写真1)二人の演奏者