〔研究所情報〕

講演会・意見交換会「少子高齢社会と人を支えるIRT基盤の創出
− インフォメーション&ロボット・テクノロジー −」を開催して

研究所 福祉機器開発部  井上 剛伸

 

 

 去る7月23日(水)、研究所において「少子高齢社会と人を支えるIRT基盤の創出」と題して、講演会・意見交換会を開催しました。IRTとはインフォメーション・アンド・ロボット・テクノロジーの略で、情報技術とロボット技術を融合した先端技術です。この分野の研究を推進している東京大学IRT研究機構の下山勲教授からご講演をいただくとともに、当リハセンターで培ってきたリハビリテーション分野での専門性をベースとして忌憚のない意見交換を行いました。参加者は20名程度でしたが、研究所の他、看護部からもご参加いただき、有意義な議論が展開されたと思います。本稿では、東京大学の土肥徹次さんにIRTの研究動向について、原稿をおまとめいただきました。技術開発を真に役立つ方向に誘導していくことも、当センターの一つの役割になるのでは、と思っております。ご意見等ございましたら、井上inoue@rehab.go.jpまでいただければと思います。

東京大学IRT研究機構の紹介 − 東京大学IRT研究機構 特任助教 土肥徹次

 

 東京大学IRT研究機構は、科学技術振興調整費「先端融合領域イノベーション創出拠点の形成」に、平成18年度から10年間の予定で採択された「少子高齢社会と人を支えるIRT基盤の創出」プロジェクトを推進する研究拠点です。IRTとは、電子メールやWeb などの抽象的な情報を扱うことを特徴とするIT (Information Technology) と、マニピュレータによる操作のような物理的な形や動きによる機能発現を特徴とするRT (Robot Technology)とを融合した先端科学技術融合領域のことを意味します。IRT研究機構では、ITとRTに加え、脳・認知等の生物学的知見や、社会科学的な知見を取り入れた新しい先端科学技術融合領域を確立し、日本が世界に対して優位性を持つ分野である自動車、家電製品、メカトロシステムにもIRT技術を適用することで広範なIRTイノベーションを創出することを目指しています。また、イノベーション創出を目指した研究を推し進めるだけでなく、産学連携の新たなモデルの実現、細分化された専門領域を結びつけ、課題解決を実現する能力を備えた人材の育成などのシステム改革の実現も目指しています。

(図1)社会の変革を産むRTとITの融合で成り立つIRTイノベーション
<図1 社会の変革を産むRTとITの融合で成り立つIRTイノベーション>

 

 日本が世界の先陣を切って直面する少子高齢社会では、年齢や身体条件、家庭条件などの多様な状況に置かれる人、すべての人々が社会活動の一端を担い、質の高い活動を維持することが、活気ある持続的発展のために必要不可欠だと考えられます。そのためには、社会のあらゆる局面で、多様な状況にある人を、きめ細かく賢く支援するシステムが必要です。IRT研究機構では、家事介護支援、健康生きがい支援、労働支援などの出口に大きなインパクトを与えるための、パーソナルモビリティ、ヒューマノイド、社会・生活支援システムの実現を目標としています。これにより、感覚運動機能の補助、身体動作介助、自在なモビリティ、先端技術の容易なインタフェース、などを提供し、高年齢層等の身体的ハンディキャップを解消し、高い質での社会・経済活動参加を可能とします。また、家庭生活においては、家事、育児、介護等を補助するシステムを提供し、人々の負担を軽減して生活時間の質を高め、多様な労働・社会・経済活動への参加比率を高めたいと考えています。

 

(図2)IRT研究機構が目指す研究テーマのイメージ
<図2 IRT研究機構が目指す研究テーマのイメージ>

 

 このようなIRTイノベーション創出を実現するために、トヨタ自動車株式会社、オリンパス株式会社、株式会社セガ、凸版印刷株式会社、株式会社富士通研究所、松下電器産業株式会社、三菱重工業株式会社の7社の協働企業と連携し、東京大学総長直轄の全学組織としてIRT研究機構を設置しました。研究項目としては、IRTデバイス研究、IRT制御研究、IRT環境研究、サイバーインターフェース研究、IRTシステム研究の、5本の柱を中心に研究を推進しています。IRTデバイス研究では、触覚などの五感センサーと人の受容器にはない感覚センサーをMEMS (Micro Electro Mechanical Systems) 技術を用いて超小型化し、ロボットに分布的に配置することで、細かな動作や行動を実現する研究を行っています。IRT制御研究では、ロボット、メカトロシステムの機構、運動、知能を、力学、計測、計算の観点から追及し、人間の脳の情報処理の仮説に基づく認知獲得、行動発現システムの開発や、バイオメカトロニクス、医療メカトロニクスなどの応用を実現する研究を行っています。IRT環境研究では、ロボットネットワークや実世界コンピューティングの技術を用いて、ロボットが動きやすい環境や、ロボットがさらに高機能化する環境を実現する研究を行っています。サイバーインターフェース研究では、ロボットや人間が行動する屋内外空間をシームレスにつなぐための広域センシング技術や、五感情報を使った新たなヒューマンインターフェース技術、高度なコンテンツ技術を実現する研究を行っています。IRTシステム研究では、ハードに応じた制御プログラムの自動生成や、高度なマルチエージェントシステムを実現するための高機能な統合ソフトウェア基盤を開発するとともに、観察と学習によって状況を認識し、さらには人の意図も理解できる自律ロボットシステムの研究を行っています。

 IRT研究機構では、2013年を目途にこれらの主要な研究項目を融合し、生活を支援するホームアシスタンス、個人の移動を支援するパーソナルモビリティの2つのIRTシステムの社会実証実験に着手する予定です。これは、国立身体障害者リハビリテーションセンターが目指している「障害を持つ人々が社会を構成する一員として社会、経済、文化その他あらゆる分野の活動へ参加すること」に通じると考えています。リハビリテーションセンターと連携してIRT研究機構の成果が社会で受け入れられることを目指したいと考えています。

 

 

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