〔病院情報〕
講演:法的な責任の基礎となる「過失」を聞いて
病院診療部長 山崎 裕功



 7月24日開催した職員研修会(医療安全管理委員会主催)には、中京大学法科大学院教授の稲葉一人先生をお招きし、法的な責任の基礎となる「過失」について、講演していただいた。
 講演の内容は、医師、看護師向けの、医療現場における、過失という問題に焦点をあてて、その法的な基礎知識とその回避や対処方法が中心だったが、聴衆の多くは、その他の医療関係者や病院以外のセンター職員であったこともあって、わたしたちには、過失一般の法的知識と、日常業務の中での過失への対処について理解していく、時宜を得た研修会であった。
 講演の中では、医療とは何かという問いかけがあり、医療では、医療技術や患者への対応の他に、医療行為の不確実性や患者の多様性などを加えて理解する必要性が述べられ、とりわけ、医療関係者は、社会の中での医療、社会のルールを踏まえた医療を念頭に置くことが強調された。さらに,医療における(個人)責任とは何かについては、過失の有無という立場から検討する、いわば、過失責任主義とも呼べる考え方(帰責)で検討されているとのことだった。
ところで、日常用語としての過失とは、誤りや失敗を指すが、法律用語としての過失とは、ある事実を認識・予見することができたにもかかわらず、注意を怠って認識・予見しなかった心理状態、あるいは結果の回避が可能だったにもかかわらず、回避するための行為を怠ったことをいう。当センター内では、日常業務として、種々の医療行為や関連行為が行われている訳で、過失責任は、全ての職員が関与するので、法的知識は、とくに必要であろうと思われる.
 過失に対する責任としては、A.行政的な責任・処分:免許停止・取消、B.刑事責任:刑罰、C.民事的な責任:損害賠償、D.組織内責任(就業規則):懲戒 等があり、各責任群は別扱いである。行政処分では、医療行為や看護行為の場合が提示され、その多くは、再教育研修によって救済されるという。刑事責任では、明白な犯罪行為は別として、医療事故が刑事責任にまで進展するのはごく稀で、起訴に至るのは5%であるという。それは、過失当事者が、医療者の立場で、@治療目的、A一般に承認された手段、B患者の承諾を挙げて、適法を主張することにより、違法性阻却事由(正当行為・緊急行為)が認められるからであろうと解説された。
 問題は、民事責任の場合で、診療契約は準委任契約なので、医療現場では、過失の有無(とくに注意義務)や医療水準が問題にされ、最終的に損害賠償責任が問われる。医療関係者には、結果予見義務や結果回避(検討・実施)義務があるが、予見と回避には、医療水準が存在するが、多くの場合、医療水準の格差は無視されがちである。患者/家族は,医療法の改正を背景に、道徳・倫理的責任を指摘し、裁判・第三者評価も、医療関係者に加重義務を求める傾向があるという。
 講演では、医療関係者に必要な過失対策は、過失責任主義がベースにあることから、自己の法的責任を回避する、Self Regal Managementが必要だろうと述べられた。さらに、①リスクを分析しておく、システム・マニュアルがあり、不断に実践する環境づくり、②事故や不測の事態、合併症について、事後に検討・分析して、情報を集積し、現場で常に検討できる環境づくりを提唱されたが、当センター病院には、医療安全管理委員会、リスクマネージメント部会が機能しているので、さらに組織の質的向上とセンター全体での情報の共有を確実にしていくことが、当面の課題だろうと思われた.