〔研究所情報〕
義足と汗
研究所補装具製作部 中村隆



 今年の夏も連日の猛暑が続きました。義足ユーザーの方にとって夏はとても憂鬱な季節であることを皆さんはご存知でしょうか?今回は義足と汗に関する問題について紹介します。
 現在の義足は切断した部位(断端)をプラスチック製のソケットと呼ばれる部分に差し込んで装着します。このとき、断端は密閉された状況におかれるため断端から出る汗により蒸れた状態になります。真夏にはソケットの底に溜まる程の汗をかく方もいます。この義足装着時の発汗は義足ユーザー共通の悩みであり、ただ単にその不快感だけでなく、臭いや衛生環境悪化の原因になります。さらに汗が潤滑剤の作用をし、ソケットが脱げ易くなる、力が伝わりにくくなるなどといった適合状態の変化を起こし、ソケットから漏れた汗が金属部品の腐食を引き起こすこともあります。特に衛生環境の悪化は皮膚トラブルの原因となり、注意が必要です。皮膚のトラブルが起きた場合、それを治すには義足をはかないことが一番なのですが、義足生活が当たり前のユーザーにとっては義足がはけなくなると生活が一変するため、義足がはけなくなることを想像しただけで憂鬱になる方もいます。
 汗の問題はソケットの形式と材料の進歩と密接な関わりがあります。現在の義足は第二次大戦後にその基礎が築かれましたが、当時の義足は木やアルミニウムで作られていました.一般には差し込み義足と呼ばれ、断端に靴下のような袋(断端袋)を被せてソケットに差し込み、懸垂はベルトで行うというものでした(写真:左)。その後、研究が重ねられ、材料は軽量なプラスチックへと変わり、特に大腿義足では、ソケットも断端に隙間なく密着させることによって懸垂性も確保できる吸着式へと改良されました。これによって力の伝達効率が向上し、活動的に歩けるようになっただけでなく、懸垂用のベルトが必要なくなったことで、義足はとてもスマートなものとなりました(写真:右)。しかしその一方で、ソケットの密着構造ゆえに汗の逃げ場がなくなり、断端は過酷な状況におかれるようになったのです。通気性のある木製ソケットから通気性のないプラスチックソケットへ、あるいは汗を吸う断端袋を使用した差し込み式ソケットから皮膚に密着する吸着式ソケットへ変更した当初、夏になると切断者は義足をはかず、車いすで病院に来院したという話を当時の文献にみることができます。
 汗の問題は「歩く」という機能を求めた義足の進歩の影で、置き去りにされた問題であるともいえるのです。

 

(写真1)差込式大腿義足(殻構造、アルミ製。40年前に製作。)
(写真2)吸着式大腿義足(殻構造、木製。)
(写真3)吸着式大腿義足(骨格構造、ソケットはプラスチック製。)

写真 大腿義足の変遷
 左:差込式大腿義足(殻構造、アルミ製。40年前に製作。)
 中:吸着式大腿義足(殻構造、木製。)
 右:吸着式大腿義足(骨格構造、ソケットはプラスチック製。)

 


 この汗の問題に対しユーザー自身がなんとかしようと工夫をしている方もいらっしゃいます。それは、生理用品やおむつなどの衛生用品をソケットの中へ入れると効果があるというのです。実際にその効果を測定してみると、それら衛生用品に含まれる高吸水性樹脂は皮膚の蒸れを解消する劇的な効果があることがわかりました(1)。しかし、断端の形状にぴったりと合わせて作られたソケットには市販の衛生用品では大きすぎ、それを入れると適合状態が悪くなり、ソケット本来の機能を果たせません。そこで高吸水樹脂を適合に影響しないような形でソケットの中に導入できないかどうかを検討しています。
 現在、多くの切断者が義足歩行を獲得し、社会に復帰されています。しかし、義足と一見わからないような上手な歩行をする方でも、汗に関しては「何とかならないのか」と口にします.義足には汗の問題だけでなく、臭いや外装の耐久性、義足の装着方法といった義足ユーザーのみが知る「何とかしてほしい」問題がいくつもあります。これらの問題は義肢装具士一人で解決できるほど簡単ではありません。ユーザーが抱える問題を代弁し、その専門分野の研究者と協力して問題解決にチャレンジするのも義肢装具士の使命であると考えています。

 

 追記:補装具製作部ではホームページを更新しました。是非お立ち寄りください。
  (アドレス:http://www.rehab.go.jp/ri/hosougu/hosouguj.htm)

 

(1)中村隆.発汗に対する義足ソケット材料の効果.第23回日本義肢装具学会学術大会講演集. 2007,p.152-153.

 


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