〔更生訓練所情報〕
英国のオリバー・ザングウィル・センターを訪問して
更生訓練所長 江藤文夫


 高次脳機能障害は支援モデル事業を契機に、マスコミでも「目に見えない障害」として取り上げられるようになりましたが、まだまだ困難な問題は多く、その支援は私たちのセンターに期待される重点課題のひとつです。高次脳機能障害を生じる脳の損傷にはいろいろな原因がありますが、欧米では外傷性脳損傷あるいは脳外傷に焦点を当てた取り組みが盛んです。
 英国では、こうした脳損傷による障害をhidden disability(隠された障害)と呼んでリハビリテーションの取り組みが多様に展開しつつあります。その中でも、記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会行動障害などの認知障害に対しては神経心理学的アプローチが自立支援に有効な方法として期待されます。そこで、この領域の活動で国際的に評価の高い英国ケンブリッジシャーのオリバー・ザングウィル・センター(Oliver Zangwill Centre: OZC)を訪問し、英国における高次脳機能障害者に対する支援の状況に関する視察調査を計画しました。
 OZCは記憶リハビリテーションの先駆者として名高いBarbara A Wilsonにより1996年に設立されました。たびたび来日してわが国でも知名度の高いWilson博士は、1990年にケンブリッジ大学に招かれ、リハビリテーション研究を推進してきましたが、昨年末に退職しました。ケンブリッジから列車で15分ほどのイーリーという小さな町の外れにあるプリンセス・オブ・ウエールズ病院の中にOZCはあります。OZCでの臨床の新しいリーダーは私が訪問した初日(9月22日)に40歳の誕生日を迎えた若いAndrew Bateman博士(写真1)です。Bateman博士をはじめOZCのスタッフの多くはケンブリッジ大学の研究、教育スタッフを併任しているとのことです。
イーリーは英国屈指の規模と歴史を誇る大聖堂(写真2)で名高く、清教徒革命で有名なオリバー・クロムウェルが住んでいた家が残り、牧師館として公開されています。名所旧跡を訪ねる時間は持てなかったのですが、Bateman博士の9歳になる長男が大聖堂の聖歌隊に合格して、最近になって週2回イブニング・サービスで歌うようになったことから、博士について火曜日のサービスに参加し、大聖堂の中を見て回ることができました。サービスが終了して気づくと、スペインからサバティカルで研究のため滞在中の心理学者と福祉工学者も参加していて、彼らが案内してくれたからです。聖歌隊の少年たちは大聖堂に居住して、イブニング・サービス終了後の15〜20分間だけ家族との面会が許されるそうです。
 OZCのチームは10数名から成り、職種は臨床心理士、作業療法士、言語聴覚士が大半を占め、常勤医師はいません。ソーシャルワーカー(SW)もいません。OZCから徒歩10分くらいの所にあるFen House(FH)という入所施設(25室の個室を提供)で就労や生活自立の支援や評価を提供しているチームでも同様です。それぞれの重症度に応じた医師の役割は重要ですが、総合診療医(GP)は的外れな紹介や対応をするので、リハビリテーションに関しては期待されていないようでした。
 チーム・アプローチの手法に関して、OZCではインターディシプリナリィですが、FHではトランスディシプリナリィでした。後者は専門職の境界領域を越えて仕事をし、ケース・マネジメントを必要とする対象で模索されてきた様式です。チームの常勤スタッフにSWがいないことには長い歴史背景があります。OZCでもFHでも利用者の総合的マネジメントにSWの役割は大きいので、Anglia Case Management(ACM)という会社の主任ケース・マネジャーであるPam Bunting女史を紹介してもらい面談しました。
 ケア・マネジャーはNHSのプライマリ・ケア・トラスト(PCT)に雇用されているものが一般的で、多くはSW資格を持ちます。脳損傷専門の小規模な会社組織のACMには16名のケース・マネジャーが雇用され、彼らの元の職種はOT資格6名、SW資格5名で看護資格5名でした。ケース・マネジャーには強力な資格制度はなく、BABICM(British Association of Brain Injury Case Management)が管理しています。人材養成は各地域での実践の中で行われますが、一部の大学でモデル・コースの設置が検討されているそうです。なお、OZCはNHSトラストの病院内にあり、PCTの管理下にありますが、FHは障害トラストの一部である脳損傷リハビリテーション・トラストに属し、民間の慈善団体に由来します。
 ケース・マネジメントの費用は1時間当たり88ポンド(約2万円)です。OZCでの治療介入はすべて外来であり、遠方からの利用者は近隣のホテルに滞在します。基本的プログラム24週間のアセスメントと介入価格は27,500ポンド(約600万円)です。こうした費用は、NHSからと民間保険会社(利用者は事故関連の脳損傷も多い)から支払われ、支払いの妥当性に関してはPCTに対してOZCやACMで作成する文書が重要です。ケース・マネジャーは利用者本人、家族、OTなどリハ・サービスの提供会社、個別のセラピストとの接触、それぞれへの文書作成など仕事量が多く、一人が担当できるケースは10名が限度とのことでした。
 英国では1980年代からの社会全体の変革の中で医療・福祉の提供システムに関して大きな改革が進行中であり、今回の旅行ではそれを実感させられました。しかし、個人的には1976年以来、短期間ずつですが何度か英国の医療と福祉を見聞したことを想い出しながら、今回の旅行の最大関心事であった人材の育成に関しても一貫した流れで展開しつつあることを感じました。それは、個人の活動を基本とした地域ごとの独自の実践の中で必要な職種が育ち、地域間の交流の中で専門性が明確になり、普及し制度化されていくヨーロッパの伝統のようなものを再認識させられたことです。こうした社会の在りように係る個人の行動があって、個別のニードが大事にされるようにも感じました。

 

(写真1) オリバー・ザングウィル・センターの臨床主任、研究部長のAndrew Bateman博士
(写真1 オリバー・ザングウィル・センターの臨床主任、研究部長のAndrew Bateman博士)
(写真2) イーリー大聖堂の前方部分
(写真2 イーリー大聖堂の前方部分)