〔研究所情報〕
シンポジウム報告
「脳インターフェース(BCI/BMI) が拓く重度障害者の未来の生活」
研究所感覚機能系障害研究部 森浩一



 

 2008年11月1日午後に、学院6階大研修室にて、脳インターフェースがいかに重度障害者の生活に役立つようになるのかを明らかにするシンポジウムが開かれた。脳インターフェースとは、大雑把に言えば、末梢神経や筋肉を使わずに「念力」で機器を操作できるようにする技術である。実際には脳波などで脳活動を測定・分析して、「意図」を反映する神経活動を捉え、計算機や機械装置に接続(=インターフェース)するのである。これにより、神経・筋疾患や高位頚髄損傷などがある方で、従来のコミュニケーション手段が使えなくなった方でも、文字入力や環境制御、義肢・車いすの操作などができるようになると期待され、近年、世界中で研究が活発になっている。なお、BCI/BMIという略語は、Bが脳、Cが計算機、Mが機械、Iがインターフェースの略である。
 研究所では数年前より部門横断的に重度身体障害者の生活の質 (QOL) の改善を目指して脳インターフェースの研究を開始しており、複数の外部研究費も獲得している。筆者らは昨年度より厚生労働科学障害保健福祉総合研究事業「重度身体障害を補完する福祉機器の開発需要と実現可能性に関する研究」を行ってきた。その一環として、米国ニューヨーク州保健局ワズワースセンターと共同研究をしている。
 ワズワースセンターはヒトの脳波を使ったBCIの研究を20年以上前から行い、世界の最先端であり、BCI2000というソフトウェアを開発し、世界中にライセンスしている (www.bci2000.org)。さらに、障害者が自宅で長期間BCIを試用する研究を実施している。これらの中心になっているのが、今回、厚生労働科学研究推進事業により招聘し、講演をお願いしたテレサ・ヴォーン (Theresa M. Vaughan) 氏である。
 シンポジウムには障害当事者、家族、介護関係者、補装具関連職種、研究者、企業の開発関係者など、多数の方にご参加いただき、会場はほぼ満席になった。最初に諏訪 基 研究所長より開会挨拶があり、最先端の支援機器をできるだけ早く必要な人に届けるようにするのがセンターとして取り組む方向性であり、国としても力を入れつつあることが述べられた。
 最初は仙台市在住の和川次男・はつみ夫妻に、「福祉機器開発への希望:生体電気信号インターフェース利用者から」というビデオ・インタビューでご講演をいただいた(解説は研究所障害福祉研究部 丸岡 稔典 流動研究員)。次男様は約20年前にALSを発症され、10年前から生体の電気信号を検出する装置を使い、介護や会話に使うだけでなく、歌集の出版や看護学生の講義も行っておられる。このような機器が使用できるためには、症状の進行に合わせた適切な技術とサポートの提供のみでなく、本人と周囲の伝え合う意思が必要であることが強調され、今後は、本人が人手を介さずに直接何かできるようになると嬉しいと述べられた。
 次いで厚生労働省社会援護局の高木 憲司 福祉用具専門官より「支援機器の新たな展開について:厚生労働省の立場から」という題名で、福祉機器給付制度の解説があり、さらに、先端技術を障害者が使えるようにするためにはどのようなことが必要か調査・検討中であることに言及された。
 ヴォーン氏は「コミュニケーションと機器操作を可能にするBCI」という題名で、BCIの原理からその種類と現状の到達点までを判りやすく解説された。さらに、ALS患者の自宅と職場でのBCIの長期使用の研究について、「スイッチや文字盤がうまく使えず、周囲のサポートがある」などの条件で被験者としていること、毎日数時間使用されていることが多いこと、視覚刺激で最速7秒に1文字入力できる装置は現在5,000ドル程度であるが、サポートを研究者自身が行っているので簡単には被験者数を増やせないことなどが明らかにされた。最初の被験者は神経科学の大学教授で、職場と自宅で2年半使っており、「BCIのおかげで研究費を獲得し、3人に給料を出している」という、BCIで書かれた感謝のメールが紹介された。さらに、来年には大規模研究が始まるそうである。
 3番目のセッションでは研究所での取り組みとして「高度先進福祉機器開発研究の現状」(感覚機能系障害研究部 森 浩一)、「国立障害者リハビリテーションセンターでの開発研究」(同 神作 憲司)、「ALS患者を対象としたBCIの開発」(福祉機器開発部 井上 剛伸)について報告があった。最後に岩谷 力 総長が、センターでは当事者と一緒に研究をするのが特徴であり、障害者ならびに関係団体にもご協力を願いたいということを閉会の挨拶として、シンポジウムが終了した。
  熱心かつ切実な質問や討論をいただき、また、記入していただいたアンケート(回収率47%)では全員に良かったと評価していただき、主催者として大いに励みとなりました。シンポジウム開催については、関係各方面ならびに広報も含めてご協力いただきました皆様方、そしてなによりもご参加していただいた皆様方に深謝致します。

 

(写真1) 障害者が自宅でBCIを使う研究の発表をするテレサ・ヴォーン氏
障害者が自宅でBCIを使う研究の発表をするテレサ・ヴォーン氏
(写真2) ほぼ満席の会場
ほぼ満席の会場
(写真3)脳インターフェースの原理の模式図
脳インターフェースの原理の模式図