〔研究所情報〕
第5回認知神経科学・神経画像セミナー
「筋骨格系のモデルを用いたインタフェース」を開催して
研究所 感覚機能系障害研究部感覚認知障害研究室 神作憲司




 10月9日(木)に、ブレイン-マシン・インターフェイス(BMI)を含めたヒューマンインターフェイス技術の開発研究をされている、東京工業大学精密工学研究所・准教授・小池康晴先生をお招きして、「筋骨格系のモデルを用いたインタフェース」とのタイトルでご講演いただきました。本講演は、感覚機能系障害研究部感覚認知障害研究室による認知神経科学・神経画像セミナーの一環として行われたもので、これで5回目の開催となります。当日は、20名程度の方にご参加頂きました。大変興味深いご講演に、参加者との活発な討論が交わされました。本稿では、小池康晴先生にご講演内容をおまとめいただきました。

 


筋骨格系のモデルを用いたインタフェース  
東京工業大学精密工学研究所・准教授・小池康晴

 

 私たちが現在最も手に触れて使用しているインタフェースの一つはコンピュータ・マウスではないでしょうか.多くの人がコンピュータを使っているほとんどの時間をマウスとともに過ごしていて,あたかも自分の体の一部のように感じています.手の位置を見なくても,画面上のカーソルを好きな位置に動かすことができ,そのときに,どのように手を動かしているかを意識することはほとんどありません.
 しかし,マウスを初めて使ったときはどうだったでしょうか.想い通りに動かないマウスを今よりも手を大きく, 激しく動かしていたのではないでしょうか.このように最初は使いにくかったデバイスも,学習することによって上手に使えるようになります.このような運動学習がどのように脳で行われるのかを解明するために,我々は脳の活動,筋肉の活動,腕の動きや力の大きさなどを計測し,学習によって脳が何を学ぶのか,どのような情報を使って学ぶのか,どのように腕を動かしているかなどを調べています.この運動学習の過程は,リハビリテーションにおいても,有益な情報を与えると考えています.
脳の運動制御機構を調べるために,我々の研究は筋骨格系のモデル化から始まりました.脳の活動を調べる必要がありましたが,非侵襲的に脳活動を時間分解能・空間分解能共に高い計測方法が無かったため,脳の出力である一次運動野と少ない数の神経によって接続している筋肉の活動を脳の活動と見なして研究するためでした.筋肉の活動を皮膚表面で計測する方法として表面筋電信号があります.この信号は筋肉の張力を反映していると考えられるため,筋電信号と関節トルクの関係を調べました.この関係は以下の式により表現できます.


 

ここで,τは関節トルク,θ,θは,関節角度,関節角速度,uは筋肉への指令で,筋電信号に相当します.関数fは複数の筋肉の活動から関節にどのくらいの力(トルク)が生じるかの関係を示しています.筋肉は縮む方向にしか力を発生できないため,各関節には二つ以上の筋肉が互いに拮抗してつながっています.従って,二つの筋肉がともに活動を高めても,関節は動かずに,外力が加わっても動きにくい,いわゆる”力が入って固くなった状態”になります.腕が動かないため,トルクは0で,速度も0です.このとき腕の姿勢を平衡位置といいθeqで表すと,先ほどの式より

 

 

という関係が成り立ちます.この関係は非線形で,いろいろな運動指令に対して同じ姿勢でトルクが0になりますが,

 


となる解は存在します.この関係が分かれば,筋肉の活動から腕の姿勢を知ることができます.gがどのような関数かは分からなくても,様々な組み合わせのデータから関係を近似することができます.これが筋骨格系モデルとなります.
 この関数を2関節で作成するといわゆるマウスやジョイスティックと同じ自由度になるため,マウスやジョイスティックと同じことができるようになります.これが筋電信号によるインタフェースです.
 もし,脳の活動が計測でき,筋肉の活動が推定できれば,この筋骨格系モデルを使って脳活動から腕の動きを予測することができます.脳の活動から腕を直接制御する,”考えただけで”腕などを動かすインタフェースをブレインマシンインタフェース(BMI)と呼びます.今回ご紹介したインタフェースは”考えただけ”ではなく,実際に腕を動かすと外部のロボットが動く,いわゆるマスター/スレーブ型のアームの制御となり,本来のBMIの定義からはずれているかもしれません.しかし,腕を不幸にして失った患者にとっては”考えただけ”でなく,これまでと同様に動かすことができる腕の方が有益だと思われます.この意味では,よりリハビリテーションに適したBMIであるといえるのではないでしょうか.
 脳の活動は運動の方向,力,など様々な情報を表していることが示唆されています.しかし,少なくとも一次運動野のデータは筋肉を動かす信号に関係していると考えられるため,神経科学の問題を解明するためにも,役に立つものと期待しています。

 


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