〔研究所情報〕
マルチメディア雑感
研究所障害福祉研究部 我澤賢之


 私はこれまで研究を通じまして、複数の情報チャンネルを活用したマルチメディア技術に触れる機会が多かったのですが、ここではマルチメディアについて最近そこはかとなく考えたことを書かせていただきます。
 昨年6月10日に衆議院を全会一致で可決された「障害のある児童及び生徒のための教科用特定図書等の普及の促進等に関する法律」が同年9月より施行され、今年度使用される教科書にはこの法律が適用されています。アクセシビリティの点から通常の印刷物による教科書(検定教科用図書等)の使用に困難を抱える小学生・中学生たちが、これからは著作権処理の問題に煩わされることなく出版社へ通知するだけで自分にあった形に教科書を変換でき(教科用特定図書等)、利用できることになりました。制度面の大きな改善だと思います。こうした教科用特定図書等利用を支える技術のひとつがDAISY(Digital Accessible Information System)です。

 DAISYでは、音声、文字、画像など複数の情報チャンネルが組み合わさったマルチメディアにより図書を構成することができますので、読者はその複数のチャンネルの中から自分の読みやすいものを選んで自分にあった読み方でその図書を読むことができます。私ども研究所のここ数年の研究のなかでも、図書を読むに当たって集中力の持続に困難のあると考えられる精神障害者が読むための防災マニュアルとしてDAISYを活用したり、弱視者向けの教科書を試作したり(国立更生援護施設理療教育課程5センターとの共同研究の中で)、発達障害者への情報支援などでDAISYと接することが多々あります。
 義務教育の検定教科書という、ここだけはせめてなんとか、という部分についてはマルチメディアを活用するための法整備が進んできたわけですが、私が今関心を持っていますのは、エンターテイメント・ショーの分野です。お笑い、演劇、コンサート、マジック・・・さまざまなエンターテイメント・ショーがあります。マルチメディアDAISY図書とエンターテイメント・ショーもともに、音声、映像などさまざまな情報チャンネルを通して、読者や鑑賞者が何らかの情報なり世界なりを感得するわけですが、この複数の情報チャンネルの使い方には大きな違いがあると思います。図書の場合ですと、オリジナルは例えば印刷物で文字と静止画像のみで構成され、それを音声という別のチャンネル向けに変換することで複数の情報チャンネルが構成されます。つまり、「文字+画像」というチャンネルと「音声」のチャンネルとが持つ内容は原則として同一のものになります。それに対し、エンターテイメント・ショーの場合ですと、通常会場に流れる音声、映像、文字(看板など)など個々の情報チャンネルごとの内容は、それぞれ異なったものになることが多いかと思われます。したがって、前者の場合読者が自分にあった情報チャンネルを選んで読むということが容易なのに対し、後者の場合特定のチャンネルだけ鑑賞したのでは全体像がわからないということになります。後者におけるアクセシブル化の対応例としては、視覚障害者のための映像のチャンネルの音声化(テレビ放送における副音声解説など)、聴覚障害者のための「手話ニュース」「手話落語」などいろいろありますが、図書の情報チャンネル変換に比べると多大な労力と技術を要する印象があります。手話落語なんかだと、その技術自体がみどころでもあるのでしょうけれども、もう少し「変換」が容易にできる技術があればなあと思わないでもありません。
 ただ、一方で思いますのは、エンターテイメント・ショーの場合、すべての情報内容を完全には得られなくとも楽しむことができる面もあるということです。例えば、マジックショーなどですと、観客は視覚を通じ不思議さを楽しむということのほかに、マジシャンが視覚のみならず聴覚やそのほかの感覚にもうったえて表現する世界観や会場の雰囲気を楽しむといった点があります。視覚でしか感得できない部分は、同行している方などに説明してもらうなどの必要はあるかもしれませんが、それでも多々楽しめる部分があります。アイドルコンサートに聴覚障害のある方がこられて手話でおしゃべりされていたり、視覚障害のある方がボクシングを観戦したり、ウインドウショッピングを楽しんだり・・・そういった部分を考えますと、情報技術の活用についていろいろな示唆を得るような気がします。