〔更生訓練所情報〕
中途視覚障害者の「書き」を支援する
―L. L. Writer, Pen-Talkerから予診票・施術録作成システムの開発へ―
理療教育・就労支援部 理療教育課 伊藤 和之


1. はじめに
 理療教育課「学ぶ力の向上」の係は、当センター研究所福祉機器開発部並びに外部の専門家と連携し、2006年度〜2008年度まで、厚生労働科学研究費補助金(長寿科学総合研究事業) の交付を受けて、「文字利用が困難な高齢中途視覚障害者のための理療教育課程における学習支援システムの構築に関する研究(H18-長寿-一般-011)」を実施しました。その成果と、これからの展開について御紹介いたします。
2. 背景―筆記具未使用率の増加傾向―
 今回の研究では、学習の4要素である「読む」「書く」「聞く」「話す」のうち、理療教育在籍者の筆記行動の支援を核としました。理由は、特に低視力の方々に顕著にみられる「授業時、自主学習時の筆記具使用率の低下」です。たとえば、2005年度以降、1年生で点字使用者群33名の筆記具使用率は、授業時が48.5%、自主学習時が60.6%です。書くのが遅く、又書いても触読に時間がかかるために筆記を諦めてしまうというのが主な原因です。したがって、授業を録音し、教科書を聴くのが学習方法の中心となっています。
 また、筆記行動を支援するPCの使用率は、自主学習時には57.6%と上昇傾向にありますが、授業時には15.2%に留まっていることがわかりました。授業の速度に入力が間に合わないのが主な原因です。
 しかし、臨床実習、つまり実際の就労を想定した授業では、患者さんの予診票を読み、医療面接(問診)を行い、施術録(カルテ)を作成しなくてはなりません。ここで、再度、筆記手段の必要性を知ることとなります。日頃の学習場面で筆記具を用いている人とそうでない方との違いが生じるのです。
3. 筆記具の選択肢を増やす開発
 本プロジェクトでは、点字タイプライター式、携帯電話式、モールス信号式、50音かな式、手書き式の中から、希望の多かった2種類の文字入力方式について、機器開発を行いました。
(1) 点字タイプライター式文字入力システム
  ”L. L. Writer”

 写真は、“L. L. Writer”の外観です。白衣のポケットに入れられるよう、開発当初から小型化を目指しました。仕様決定の段階から在籍者の方々に御協力をいただきました。大きさは縦10×横16×高さ3cm、重さは348g。16ファイルに各8200字ほど入力できます。操作音にも配慮しました。


(写真1)“L. L. Writer”の外観
“L. L. Writer”の外観

 使用者は、電源スイッチを入れて、直ぐに点字タイプライターを使うように6点入力ができます。カーソル移動を含め編集機能は、4つの機能キーとの組合せで行います。検索、挿入、置換機能などは仕様から外しました。フィードバックは音声でなされます。写真のように外部スピーカーやイヤホンで聴きます。肉声の単音連続発声なので、スクリーンリーダのようななめらか読みなどの機能はありません。
 今後の課題は、分かりやすいキーアサイン(キーの組合せ)、音声支援機能の充実、PCとのデータの共有です。


(写真2)“L. L. Writer”の使用
“L. L. Writer”の使用

(2) 手書き式文字入力システム “Pen-Talker”
 写真は、“Pen-Talker”の外観です。本システムは、ウルトラ・モバイルPCと呼ばれるタブレットPC(CPU: VIAC7-M1.0GHz, RAM: 512MB, HDD: 40GB, 800×480タッチスクリーンモニタ。大きさ:縦14.6×横22.8 ×高さ25.1cm、重さ:880g)を基本ハードウェアとしました。このPCに、文字入力を制御するインタフェース機能、スクリーンリーダ、手書き文字の認識エンジンを組込み、試作しました。


(写真3)“Pen-Talker”を搭載したPCとスタイラスペン
“Pen-Talker”を搭載したPCとスタイラスペン

 使用者は、スタイラスペンでPCの画面に直接文字を書き込みます。1文字書く度に操作パネルのボタン(写真矢印部)を文字区切り用として押し、文節や文を入力した段階で、同ボタンを2度押しします。すると、運筆と筆跡の両方から文字認識を行い、候補文字列が画面表示され、音声で読み上げます。理療教育の在籍者20名による文字入力実験の結果、平均入力文字数は19.1字/分、文字認識率は平均で93.7%でした。入力文字はテキスト文書としてPCのハードディスクドライブに保存できます。
 今後の課題はボタン操作の軽減、編集機能の充実などです。


(写真4)“Pen-Talker”の使用① PC画面に文字入力
“Pen-Talker”の使用①
PC画面に文字入力


(写真5)“Pen-Talker”の使用② 候補文字列の画面表示と合成音声による確認
“Pen-Talker”の使用②
候補文字列の画面表示と合成音声による確認

 福祉用具満足度スケール第2版(QUEST 2.0)[1]並びに福祉機器心理評価スケール(PIADS)[2]を用いて両システムの試用評価を行った結果、“L. L. Writer”、“Pen-Talker”ともに、満足度は3点以上(5点満点)、心理評価では、効力感と積極的適応性の向上が確認され、実用化の目途を得ることができました。
4. おわりに―これからの展開―
 さて、これらのシステムの改良と試用評価を継続するとともに、これからの展開として、デジタルペンを用いた「予診票・施術録作成システムの開発」を計画し、現在動き始めております。このシステムについては別の機会に御紹介いたしますが、開発の目的は、自立、学習、就労を結ぶことにあります。このシステムについても外部の専門家と共同開発して行く予定です。
 本研究が、より質の高い、そして在籍者個々の特性に応じたきめ細かな学習支援の実現に寄与することを目指して参ります。


参考文献
[1] 井上剛伸, 佐々木一弘, 森浩一, 酒井奈緒美, 上村智子, 塚田敦史, 二瓶美里: 福祉用具の満足度評価スケールの開発─QUEST簡易版─; 第20回リハ工学カンファレンス, pp.10-11, 2005.
[2] Inoue, T., Kamimura, T., Sasaki, K., Mori, K., Sakai, N., et al.: Standardization of J-PIADS (Psychosocial Impact of Assistive Devices Scale); 第23回リハ工学カンファレンス, pp.145-146, 2008.