〔研究所情報〕
第4回「認知症のある人の福祉機器」
シンポジウム開催報告
研究所福祉機器開発部 武澤友広


 平成22年2月28日(日)、センター講堂にて、「第4回 認知症のある人の福祉機器シンポジウム―生活の中での機器活用の普及に向けて―」を開催しました。現在、研究所福祉機器開発部では、認知症のある人(以下、認知症者)に家庭生活の中で実際に機器を利用してもらい、その利用効果や利用に至るまでに必要な支援手法を明らかにする研究を進めています。また、本研究所以外でも認知症者を含む高齢者の機器の活用事例の収集や評価に関する研究が進められてきています。とはいえ、認知症に対応した機器を一般家庭で購入でき、生活に取り入れている欧米と比較すると、日本は普及の面で遅れをとっています。今回のシンポジウムでは、機器の普及に向けた課題を抽出し、その解決の糸口を探るための議論が行われました。


日常生活での機器活用

 第1部では、まず、種村留美氏(神戸大学医学部)より、『認知機能障害の評価と生活への介入』と題して、認知症のある人の認知機能の評価方法、介入法としての認知改善プログラムや支援技術の活用について概説していただきました。スウェーデンのカロリンスカ大学と共同で行われている、認知症者が在宅でET(Everyday Technology:日常の中で使う機器の意)をどのように使用しているかについての調査研究についても紹介がありました。ETUQ(Everyday Technology Use Questionnaire)という質問紙を用い、MCI(Mild Cognitive Impairment:認知症の前駆状態を表わす用語)の方のETの使用状況や使用に伴う困難を評価することで、機器活用のヒントとなる知見(例:携帯電話に使用法を示すシールやメモを貼付することで使用できている事例)を見出されているそうです。

 次に、安藤達也氏(当事者家族)より、『機器活用による1人暮らしのサポート』と題して、見守り用のネットワークカメラ、服薬の時間になるとアラームが鳴り、必要な量だけ薬を取り出すことができる服薬支援機器、セラピー用人形など、様々な機器を活用して独居生活を営まれている当事者の生活の様子を紹介していただきました。明るい性格のお母様が、発症に伴い自分がどういう状況に陥っているかわからず、情緒が不安定になっていく様子、その変化に戸惑うご家族の様子を克明にお話しになられた後、機器の使用によってご本人や周囲の人々との関係がどのように改善されていったかを具体的なエピソードを交えながら語っていただきました。本研究所でお貸しした服薬支援機器に関しては、実際に使用されている日常のシーンが動画で紹介されました。ご本人がテレビを見ている最中に、機器から服薬時間を知らせるアラームが鳴ります。すっと機器に手を伸ばし、テレビから目を離さずに機器から薬を取り出し、口に含むご本人の姿が映され、機器が日常生活に溶け込んでいる様子がよくわかりました。ご家族としての感想は、1人で薬が飲めるようになったことが本人の自信につながったのでは、ということでした。


機器活用の普及に向けての課題

 第2部では、「生活の中での機器活用の普及に向けて」というテーマで、パネルディスカッションが行われました。司会は井上剛伸福祉機器開発部長、パネリストは大島千帆氏(早稲田大学人間科学学術院)、星野剛史氏(株式会社日立製作所デザイン本部)、小野美登里氏(福岡市介護実習普及センター)、第1部で講演をいただいた安藤達也氏、石渡利奈研究員(国立障害者リハビリテーションセンター研究所)の5名でした。パネリストからの話題提供では、まず、大島氏から認知症者の自宅を訪問して収集した住まいの工夫の紹介がありました。住まいの工夫のポイントは「認知症に伴う不具合と加齢に伴う不具合に合わせた工夫を行うこと」と「生活の目標と関連づけた工夫を行うこと」の2点に集約されるとのことです。あるお宅では、リモコンの電源のボタンに赤色のシールを貼っておくと、そのボタンだけは押すことができる認知症者がいらっしゃったそうです。その方の場合、リモコンだけでなく、給湯器、電子レンジなど他の機器にも赤いシールを貼っておくことでそれらの機器も使えるとのことでした。次に星野氏より、日立製品のユニバーサルデザインの現状について紹介していただきました。認知症への対応はこれからの課題とした上で、「機能をシンプルに、操作ボタンを少なく」「エラーにならない,エラーで困らない」「メンテナンスしなくても使い続けられるように」というこれまで製品開発で考慮されてきたポイントについて実例を交えながら解説していただきました。井上氏からはロボットによる情報支援に関する研究の紹介がありました。ロボットが一方的に情報を伝えるのではなく、認知症者との対話から相手が知りたい情報を汲み取り、それを対話の中で伝える技術開発の進行状況が報告されました。石渡氏からは服薬支援機器の導入時の支援手法についての紹介がありました。難しいと思われた機器の使用法も繰り返し練習することで習得が可能であったり、機器自体に説明書きを書き込んだり、といった導入を円滑にするポイントが挙げられました。小野氏からは福岡市介護実習普及センターにおける市民の方に向けた介護知識や技術、及び福祉機器の普及事業についての紹介がありました。認知症に関する取り組みとして、先進的に服薬支援機器や捜し物発見器などの認知症者を支援する機器の展示を始めたとのことでした。

 話題提供の後のディスカッションでは、普及を阻む問題点とその解決の糸口について議論が行われました。「機器の使用に伴うリスクを介護者はどのように判断すればよいか」という問題に対しては「医師等の専門職、支援者のネットワークなどからの意見を参考にして、機器の使用に伴うリスクとベネフィットを評価すること」という解決案が呈示されました。この他にも,「機器を売って儲かるのか,あるいは,税金や介護保険を使うとしたら、機器はそれに見合うものか、といったコストの問題をどのように考えるか」や「機器の普及が進んでいる北欧と日本との間で大きな違いはどこにあるのか」等の議題が取り上げられました。

 第1部では、機器活用の成功事例が紹介され、普及に向けて希望の灯が見えました。第2部では、機器の普及に至るまでには、まだまだ解決すべき課題が山積していることを確認しました。安藤氏が講演の中で挙げられた「一灯照隅、万灯照国」(※)が示すように、 これらの問題をみんなの問題として共有することで社会全体を変えていきましょう、と決意を共有し、シンポジウムは閉会を迎えました。最後に、開催にご協力いただきました皆様、休日にも関わらずご参加いただきました105名の皆様に 、この場を借りて御礼申し上げます。


※安岡正篤氏の言葉。意味は,「一人ひとりが灯火を掲げて、自らの受け持つ一隅を照らす。一隅を照らす人が次第に増えてゆき、やがて万の灯となれば、いずれは国全体を照らすことになる。」