〔国際協力情報〕
JICAコロンビア
地雷被災者を中心とした障害者総合
リハビリテーション体制強化プロジェクトの派遣報告
総長 岩谷 力


 2010年5月31日〜6月12日の間、JICAプロジェクト「コロンビアにおける地雷被災者を中心とした障害者総合リハビリテーション体制強化」における総合リハビリテーション指導の任務のもと、コロンビアに3度目の訪問をしました。今回の訪問は、プロジェクトにおける総合リハビリテーションの実施状況・課題を把握し、技術的な側面からの指導を実施するとともに、今後のプロジェクト活動への提言を行うことが目的です。
 このプロジェクトは、2008年2月に予備調査を行い、同年7月から4年間の予定で、副大統領府対人地雷総合アクション大統領プログラム(PAICMA)、社会保障省、バジェ県保健局、バジェ大学病院、フンダシオン・イデアレ(NGO)、アンティオキア県保健局、サンビセンテ・デ・パウロ病院、コミテ・リハビリタシオン(NGO)を協力の相手機関として、協力総額2億4千万円で行われています。
 これまでに、昨年2月、今年の2月にセンターでも、コロンビアから研修生を受け入れ、職員の皆さんに協力を頂いております。
 このプロジェクトは、コロンビアにおける地雷被災者(世界で一番、年間約1000人が被災、その4割が農民)のリハビリテーション体制を整備し、社会の安定に寄与することにあります。コロンビアになぜ地雷被災者が多く発生しているのか、在コロンビア寺澤辰麿特命全権大使が監修された文書から引用し、説明します。
 コロンビアは、1810年の独立以来、保守党と自由党の2大政党間の抗争による暴動(ビオレンシア)が繰り返されて来ました。1948年に自由党党首の暗殺に端を発し5年にわたり政治的暴動(ラ・ビオレンシア)が続き、都市から農村に波及し、農村部が大きな打撃をうけ農村人口が大きく減少し、社会構造が変化してしまいました。このため、1953年に、保守党と自由党は政権を交代制とする政治的合意(国民戦線協定)を結び、安定を図りました。この協定は16年間続きますが、旧支配層の権力支配であったため、民衆の要求を満たすことができず、1964年に共産党の思想的リーダーのもとにソ連系のコロンビア革命軍(FARC)とキューバ系の国民解放軍(ELN)が組織され、ゲリラ活動を開始しました。その後、ゲリラに対抗する自警組織からパラミリタリーが組織されゲリラ掃討の準軍事組織となり、殺人が繰り返されました。政府は、話し合いによる和平努力をしましたが、互いに信頼を築くことができず、今日に至っています。ウリベ大統領(この8月にサントス大統領に交代)は、国軍と警察を増強しゲリラ殲滅をはかり、2002年にはパラミリタリーと和平交渉が始まり、現在ではFARC とELNの正規兵は2万1千人から、1万人に半減し、戦闘能力は著しく低下し、国境周辺に撤退しました。昨年、コロンビア軍がエクアドル領内に侵攻して、FARCの幹部を殺害したと報道されたことをご存じの方もいると思います。ゲリラの最大の資金源は麻薬栽培と密売取引であり、国軍との戦いから組織を守るために対人地雷を全国的に敷設しております。
 この地雷に被災するのは、軍人と農民であり、軍人は軍の病院で治療をうけ、生活も保障されますが、農民は十分な治療をうけることも困難で、地雷に被災すると、その危険な土地で農業をつづけることができず、家族ともども都市に流入し難民となります。政府は、このような農民の医療的救済と農村の復興はゲリラ掃討を成功させるために必須の政策と考えて、副大統領府に特別チームを設置しています。在コロンビア日本大使館は、地雷除去機の供与、大学病院リハビリテーション科への治療機器の供与などを通じて地雷被災者救済の援助をしています。プロジェクトには、このような政治的背景があります。
 JICAは、地雷被災者が多いバジェ県カリ市とアンティオキア県メデジン市において、地雷被災者の医療、リハビリテーション、地域移行体制整備を支援するプロジェクトを行って、地雷被災者救済プログラムを確立し、コロンビアの平和構築に貢献しようとしています。コロンビアは地方分権が徹底しており、中央政府の力は弱く、政策が徹底できるかどうかは地方の県にかかっています。バジェ県とアンティオキア県は、県組織も財政状態も治安も安定しており、保健システムが整備され、高いレベルの大学病院があり、プロジェクト実施地域として最適な地域であります。プロジェクトの成果目標は、以下の4つであります。

  1.  対象保健医療施設における専門職人材の機能回復リハビリテーション技術の向上
  2.  リハビリテーション専門職が活用するリハビリテーション総合実施計画票と診療手順の整備
  3.  地雷被災者のリハビリテーションサービスへのアクセシビィティの向上
  4.  感染提言、二次障害予防のための応急手当の知識の普及

 今回の訪問では、上記4つの目標の達成状況を確認し、技術的助言を行うことが目的でした。
 成果1については、それぞれの機関の担当者は意欲的に課題に取り組んでおり、日本における研修成果を取りまとめ知識の普及を図る、パンフレットの作成を企画するなどして、積極的に活動していました。ことに、総合リハビリテーション理念、ADL評価、訓練に関する関心は高く、これまでにリハビリテーション診療に用いてADL 評価表を作成し、ADL訓練プログラムを開発し、診療に役立てており、これまでの成果に達成感をもって、前向きに取り組んでいることが確認されました。
 成果2については、どのような内容で、どの程度のレベルの手順を作るかで、中央政府と地方との意見が異なり、調整が必要でありました。診療手順の枠組み、項目立ての実例を示し、共通理解を得ることができ、このプロジェクトの経験をもとにして手順書をまとめることで、各関係者の同意を得ることができました。
 成果3、4について、計画は順調に進んでおりますが、県が行う地雷被災者救済制度、地雷被災時の応急処置などの広報活動に地雷被災当事者の参加を計画しているが、その際に医療関係者の理解を得ることが難しいと予想され、慎重な対応が必要と考えられました。
 コロンビアにおける地雷被災者はほとんどが農民で、被災すると、その土地には住めなくなり家族ごと都市に移住することとなり、農村破壊、都市への人口集中、都市住民の貧困化、社会の不安定化へと結びつきます。この循環を断ち切ることが政府の最優先課題であり、そのなかに地雷被災者の医療的救済、生活再建が位置づけられており、その要請に応えることがプロジェクトの課題であることが、見えにくくなる時があります。このプロジェクトはリハビリテーション医療の底上げを核に、障害者の社会包摂への道を拓くという方向性をもつものであって、日々の活動のなかで、大きな目標を見失わないようにすることは極めて大切なことと思いました。
 国立障害者リハビリテーションセンターは発展途上国の支援に関係する機会が多く、多くの研修生、見学者を受け入れております。私達の通常の日常活動は発展途上国においては目を見張るようなレベルにあります。リハビリテーションの知識、施設、技術、障害者福祉制度、どれをとっても日本は世界の一流の水準にあります。現在のわが国は、世界的にみて「障害を持ってこの国に生まれた不幸」が嘆かれる様な国ではありません。発展途上国の皆さんに日本の制度を説明しますと、羨望の的となります。私は、このような医療水準と福祉制度を発展させてきた日本が世界で一流であることを誇りに思います。しかし、日本の制度にも問題があります。一流であることに満足することなく、よりよい医療、制度に向けての努力を怠ってはなりません。発展途上国のなかで、今の日本を手本にできる国はごくわずかでしょうが、わが国の直面している障害をめぐる諸問題は、やがては地球上の多くの国における問題となりましょう。私達が努力した結果は必ず多くの国の将来に役立つと思います。
 私達にとって国際協力は重要な任務です。外国に出かける職員はごく一部でありますが、研修や見学には多くの職員が関わっています。私は、そのような皆さんの関わりが、地球上の多くの人々の将来に役立つことを伝えたいと思います。この秋には、コロンビアをはじめ中国、ミャンマー、ベトナムから研修生が参ります。皆さんの国際協力についてのご理解と協力をお願いします。


(写真1)カリで護衛の警察官、JICAスタッフと   (写真2)バジェ県のカウンターパートと
カリで護衛の警察官、JICAスタッフと   バジェ県のカウンターパートと