〔研究所情報〕
第7回高等教育と障害に関する国際会議への参加報告
研究所障害福祉研究部  北村 弥生



 本年7月20日から23日にインスブルック(オーストリア)で開催された「第7回高等教育と障害に関する国際会議」に参加した。この会議は、姉妹都市であるインスブルックとニューオリンズ(米国)の共催事業のひとつとして3年に1回、インスブルック大学とニューオリンズ大学の障害学生支援部門が共同主催している。
 車椅子、歩行器、盲導犬、白杖、補聴器利用者の参加もあったが、会場の環境アクセシビリティは素朴であった。障害への対応以前に、オーストリアで4番目に古い鐘があるという教会に隣接する歴史的な建造物に冷房はなく、「インスブルックの水は冷たくておいしく体には問題はない」とトイレにプラスチックカップが初日には用意された。一方、運営委員長のケン・ザングラ氏(ニューオリンズ大学)は補聴器を使用しつつ、米国の手話通訳派遣会社から2名の手話通訳者を同行していた。マイクの音声は天井が高い部屋では反響し、国際的なアクセントを聞き取るのは困難であり、特にポスターセッションと懇親会では雑音から会話を聞き分けるには通訳は必須とのことであった。要約筆記は3会場のうち1会場のみで提供され、会期中同じ1名が行い、もう1名はメモで補足を知らせていた。筆者も反響とアクセントで言語として聞き取りができなかった発表では、要約筆記画面に助けられた。会議のホームページ上にスライドか資料を掲載することも勧められていたが、事前の掲載は発表80演題中41演題に留まった。間に合わなかったり、全世界に発表原稿を公表することに抵抗のある演者がいるためであろう。
 22か国からの発表数は多い順に米国21、英国16、ベルギー7であった。演題に使われた用語で多かったのはインクルーシブまたはアクセシビリティ14、電子教材またはアシスティブ テクノロジー9、移行支援9であった。参加者の多くは大学障害学生支援部門の職員であったため、個人情報を発表することには制約があるためか概念的な発表が多かった。職員は研究者とは異なり研究倫理申請を行わなくても実践活動の発表ができるが、米国では病院など医療機関での個人情報のプライバシーを守る法律Health Insurance Portability and Accountability Act (HIPAA)と教育機関で扱われる児童・学生のプライバシーを守る法律Family Education Rights and Privacy Act (FERPA)がある。
 筆者の参加目的は、2008年に参加した米国のAHEAD(Association of Higher Education and Disability)と比較して、ヨーロッパにおける障害学生支援の特徴を知ることであった。筆者が感じたヨーロッパ諸国における障害学生支援の特徴は、UNESCOによる「万人のための教育Education for All」に理念を準拠し「インクルーシブあるいはアクセシブルな教育環境の整備」に重点がおかれることであった。具体的には「ダカール行動枠組み」(2000年)の一項目に「全ての青年及び成人の学習ニーズが,適切な学習プログラム及び生活技能プログラムへの公平なアクセスを通じて満たされるようにすること」とある。米国では障害学生支援は理念としてADA(障害のあるアメリカ人法)に記載された「高等教育機関で合理的配慮を提供する義務」を基盤にし、「障害学生による権利の施行責任」と「権利執行手続きの標準化」が重視されているのに対して、障害による差別禁止法は英国等一部の国にしかないからであろう。
 AHEADと共通する傾向も多く、「情報技術の利用」と「発達障害学生へのチューター活用」に関する実践報告が目立った。障害種別による演題は80のうち24にすぎず(うち11は発達障害関係)、全障害を視野に入れた発表が多かったことも注目された。また、修学だけでなく社会生活や余暇活動も支援の対象に入れた発表もあった。日本ではまだ定着していない「合理的配慮 Reasonable accommodation, Reasonable adjustment」については、「学生」「担当教員」「コーディネーター」および「資源(予算、技術、人員など)」の間での合理的な調整として実践されていることを確認した。欧米諸国では政府からの助成金(障害学生一人当たり100万円程度)で支援が運営されていたが、それでも、ろう学生が手話通訳者を依頼できるのは週に9時間にしかならない(ベルギーのある大学)等の制約の中で調整が必要であるという。大学における支援が会議でのテーマであったが、大学以外の場での障害者支援に共通する要素は多くあった。
 欧米諸大学の障害学生の割合は10%前後であったが、15年前には1%程度だったといい、大学の障害学生支援部門の創設は1990年以降が多かった。日本では障害学生の総数は約6000人、高等教育を受ける学生の約0.17% (日本学生支援機構、2009)にすぎないが、日本学生支援機構に障害学生支援課ができたのが2004年であることから、日本における障害学生支援の今後の進展に期待が持たれる。

(写真)開会式で講演する実行委員長と手話通訳者   (写真)ポスターセッションでの手話通訳者を交えた議論
開会式で講演する実行委員長(左)と手話通訳者(右)。
左のスクリーンは、要約筆記の表示スクリーン。
  ポスターセッションでの手話通訳者を交えた議論。
右から手話通訳者2名、筆者、実行委員長。