〔震災レポート〕
被災地派遣報告
聴覚障害者救援宮城本部への支援
学院 手話通訳 学科 教官 宮澤 典子


1.派遣の経緯
 平成23年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震は東北から関東の沿岸部に甚大な被害をもたらした。特に震源に近い宮城県では被災者の数も多く、そのなかには聴覚障害者も多く含まれていた。聴覚障害者は緊急の指示や情報が伝わらず避難生活や復興に支障をきたしかねない。手話通訳や文字による情報保障の体制が必要である。そこで、社団法人宮城県ろうあ協会からの派遣要請を受け、3月22日から4月30日まで聴覚障害者救援宮城本部において主に手話を使用するろう被災者への支援活動を行った。


2.活動内容

(1)安否確認と避難所巡回

 通信機器の復旧状況にあわせて、携帯電話メール、FAXによる安否確認を行った。
また、聴覚障害者の避難を確認するため避難所を巡回し、避難所に聴覚障害者がいる場合は、諸連絡を紙に書いて掲示するなど文字で伝達してもらうようお願いした。しかし、避難所は最多時で県内に1,000か所以上あり、すべてを巡回するには時間がかかると思われた。そこでラジオ放送により、聴覚障害者の所在確認や情報支援のお願いを呼びかけた。
 初めのうちは、「アナウンスが聞こえないため、食事の提供や指示・連絡がわからない」「常に周囲の動向に注意していなければならないので気が休まらない」「停電でテレビによる情報収集ができないため、地震や被害状況についてわからず不安だ」などの意見を聞いた。その後避難所生活が長くなるにしたがって、周囲の人たちに聴覚障害者の存在と対応方法を理解してもらい、情報面での配慮が得られるようになっていった。


(2)手話通訳の手配

 津波被害の大きかった沿岸部では、被災の諸手続きや連絡、家屋修理や受診等における手話通訳ニーズが増えることが予想された。しかし、沿岸部13市町のうち手話通訳者が常駐しているのは5か所だけだった。また、公共交通機関が機能を停止し、ガソリンの供給もままならず、従来利用されていた手話通訳派遣事業でまかなえる状況ではなかった。そこで、ろう者の数が多い沿岸の5市町に県外から手話通訳の派遣を要請した。派遣された手話通訳者には積極的にろう者宅を訪問し、状況確認と被災後の手続きの説明など情報提供をしてもらった。それにより、浸水したアパートに残っていた80代の独居老人を発見することもできたし、役所の窓口への来庁者も増加した。庁舎内外あわせて、わずか1か月の間に昨年度一年間の通訳派遣事業利用件数を大幅に上回る利用となった。


(3)被災者の状況把握と相談支援

 電気の復旧が遅れている被災地とは連絡がとれないため、安否確認と詳しい被害状況を把握するため訪問調査を行った。また、ろう者は手話で情報のやりとりをするため、対面による聞き取り調査が欠かせない。被災状況に合わせて、救援物資を届けたり、諸手続きを促したりしたが、訪問を進めるうちに健康や物心両面の支援が必要だと思われるケースが出てきた。そこで、専門家チームによるアセスメントと相談支援を要請した。このケアチームは、聴覚障害の社会福祉士・精神保健福祉士・ろうあ者相談員と手話のできる看護師によって構成されている。アセスメントによって緊急に保護や支援が必要なケースが多々あることがわかった。アセスメント以降は各自治体の手話通訳者と保健師、ケースワーカーと連携して支援をしてもらっている。


(4)人材の活用

 ろう者にとって手話は心の支えである。避難所生活で手話で話せない状況が続くことにより健常者以上のストレスを感じている。しかし、手話通訳者がつきっきりで相手をするわけにもいかない。そこで、被災家屋の片付けや救援物資の配達などは、ろう者や手話のできるボランティアに活躍してもらった。


写真 通訳(倒壊家屋撤去)   写真 ボランティア(物資仕分け)
通訳(倒壊家屋撤去)
 
ボランティア(物資仕分け)
 
写真 ボランティア(物資配達)
ボランティア(物資配達)

3.今後の課題

 今回、死亡が確認された14人はみな津波の犠牲になった。その他の聴覚障害被災者もみな津波のことがわからなかったと言う。このような悲しみを回避するためにも、早急に、広く市民に役立つ音以外の緊急通報システムを全自治体で整備すべきだと思う。聴覚障害者は情報障害者である。情報のバリアをなくすには音の情報を視覚情報に、音声を文字にすることに加え、日本語を手話にするという言語面での保障も必要である。聴覚障害に限らず、障害者への対応は一般の市民にはなかなか理解されていない。また、災害発生時は、誰もが動転して的確な対応がとれない。安否確認や避難所での対応など初動支援のマニュアルを整備しておくことが、迅速な被災者支援につながると思われる。

 



■宮城県内沿岸市町の聴覚障害者数と安否状況
 
市町
身障手帳保持者
障害者団体名簿掲載者
1-6級
1-2級
(うち数)
ろうあ協会
中難協会
盲ろう者
ろう重複
死亡
1
気仙沼市
200
74
16
1
1
0
0
2
南三陸町
75
28
2
2
0
0
1
3
石巻市
439
141
53
1
0
0
4
4
女川町
31
16
7
0
0
0
0
5
東松島市
112
36
10
0
0
0
1
6
松島町
29
8
5
2
0
0
0
7
塩釜市
136
50
12
1
0
0
0
8
多賀城市
102
46
30
1
0
0
3
9
名取市
207
58
32
1
0
0
4
10
岩沼市
101
52
36
0
0
0
0
11
亘理町
88
32
16
3
0
0
0
12
山元町
36
17
2
0
0
0
0
13
仙台市
2,036
754
327
43
9
3
1
14
その他
2,300
766
195
17
2
0
0
合計
5,892
2,078
743
72
12
3
14
*団体名簿掲載者830名全員の安否確認済み。
*死亡者14名の原因は津波と考えられる。


■避難所への避難者数
最多時
 
避難所数
人数
気仙沼市
6
7
石巻市
9
13
女川町
2
5
東松島市
3
3
塩釜市
2
2
多賀城市
3
8
岩沼市
3
8
亘理町
3
6
山元町
2
2
仙台市
10
13
大河原町
1
2
蔵王町
1
1
合計
45
70
次の表に移る
5月10日現在
 
避難所数
人数
気仙沼市
1
1
石巻市
5
6
女川町
1
1
東松島市
3
3
塩釜市
1
1
多賀城市
1
2
岩沼市
2
3
合計
14
17


■被災状況
家屋
102軒 135人
全壊
27軒34人
半壊
22軒29人
一階浸水
6軒 8人
浸水
7軒 9人
一部損壊
40軒55人
31台
流出・浸水
31台
しごと
53人
解雇・閉鎖
12人
休業・待機
24人
減給・配置換え
8人
自営(閉鎖・休業)
9人
(5月10日現在)


■訪問数
(5月10日現在 単位:人)
 
地区
身障手帳保持者
訪問数
1-6級
1-2級(うち数)
1
気仙沼市・南三陸町
275
102
21
2
石巻市・女川町・東松島市
579
193
36
3
塩釜市・多賀城市・七ヶ浜町
266
108
46
4
仙台市
2,036
754
196
5
名取市・岩沼市・亘理町・山元町
432
159
95
6
その他の地域(内陸部)
2,304
762
0
合計
5,892
2,078
394


■派遣された手話通訳者の人数と手話通訳件数
 
市町村
派遣期間
派遣人数
リスト
掲載数
(*1)
通訳件数
昨年度
派遣件数
(*2)
庁舎内
庁舎外
件数計
1
石巻市 3月30日〜5月13日
6人
53人
53
170
223
77
2
東松島市 4月12日〜5月13日
5人
10人
7
131
138
23
3
多賀城市 4月 1日〜5月10日
8人
30人
92
17
109
40
4
名取市 4月11日〜5月13日
7人
32人
30
70
100
47
5
亘理町 4月 7日〜5月13日
4人
16人
68
68
136
5
合計
30人
141人
250
456
706
192
(*1)リスト掲載数・・・宮城県ろうあ協会名簿掲載者(日常的に手話を使用している人)。
(*2)昨年度派遣件数…コミュニケーション支援事業・手話通訳派遣事業による利用件数
(平成22年3月〜平成23年2月まで1年間)