〔研究所情報〕
血液検査で神経疾患をとらえる
運動機能系障害研究部 緒方 徹


 医療においてEBM(エビデンスに基づいた医療)というテーマが掲げられて久しい。利用者が安心して標準的な医療を受けられることを目指したものであり、薬剤はもちろん手術治療についてもその効果の実証検討が積極的に行われるようになっている。しかしながら、こうしたEBMの評価方法を当てはめやすい分野と、そうでない分野が存在し、残念ながらリハビリテーションは後者の代表格の一つといっても過言ではない。
 リハビリをすることで目の前の患者さんの機能が向上していくことに疑念を挟む余地はないと思いがちだが、問題となるのは治療法Aと治療法Bを比べた場合、どちらが有効であるかという場面である。さらに、その一方の治療法Bが何もしない経過観察だったとしたらどうか、という場面もある。特に脳卒中や脊髄損傷(とくに不全麻痺症例)のような中枢神経疾患においては、発症からの時間経過とともに自然に機能回復を示す現象が知られており、発症から半年以内のあらゆるリハビリ治療はこうした症状の自然回復の流れの中で行われると考えたほうがよい。一人の患者さんに対し、リハビリをした場合としない場合の結果を比べることは無理である。そこで必要になるのがリハビリ開始前にその患者さんがどの程度の回復する見込みがあるかを推測する「予後予測」と呼ばれる作業である。正確な予後予測が可能になれば、新しい治療を導入した際に、それよりも回復度が上回ればその治療方法は従来のものよりも有効であることの根拠となる。これまでも患者さんの症状や画像検査での病変の大きさをもとに、その患者さんの予後予測を試みる研究は数多くあり、一定の成果をあげている。しかし、そうした研究に患者さんの血液データが用いられることはほとんどなかった。
 研究所運動機能系障害研究部では脊髄損傷に対するリハビリ研究を行うと同時に、リハビリの効果を評価する方法についても検討を進めてきた。そして数年前から、神経に傷がつくと神経細胞のたんぱく質が血液中に漏れ出し、数値が上昇するという現象に着目している。原理はお酒を飲みすぎて肝臓の細胞が壊れるとγGTPというたんぱく質が血中で上がるのと同じである。いくつかの候補蛋白の中から脊髄損傷患者の受傷後の経過を予測するのに利用可能なものを探す作業を行ってきた。その中で「pNF-H」(リン酸化ニューロフィラメント重鎖の略)という物質が有力な候補として上がり、現在解析を行っている。これまでに、怪我をしてから3日目の時点での血液サンプル中のpNF-H値が高い脊髄損傷症例ほど、広い範囲での神経損傷が起きていて、その後の機能回復も悪い、という途中結果が得られている。今後、より規模の大きい調査をすることで、どの程度正確に予後予測が可能かを調べる予定となっている。
 もちろん、こうした血液中の「バイオマーカー」を測定したからといって病気や怪我が治るわけではない。しかし、近年注目されている再生医療の治療もこのような治療効果を評価する仕組みが完備されてこそ、現実のものとなるのである。今後、こうした研究が脊髄損傷に限らず様々な神経疾患の解決の糸口になればと思っている。