JICAへの協力

 当センターは国際協力機構(JICA)が実施する海外のリハビリテーションの向上支援に協力しています。ここでは今年度に協力した5つの技術協力についてご紹介します。

(1)コロンビア 地雷被災者を中心とした障害者総合リハビリテーション体制強化プロジェクト
 南米のコロンビアは40年間に亘る反政府組織と政府軍の国内紛争により、国内32県のうち31県に地雷が埋められ、農民等の一般市民が被害にあっており、特に農村部では地雷でけがをした際に適切な処置を受けられず、感染をおこしたり、各リハビリテーションのスタッフ間の連携がとれていないために、患者さんの日常生活の向上を目指したリハビリテーションが行われていない状況でした。地雷被災者のために政府の医療サービスがあるのですが、被災者の権利や制度が認識されていませんでした。このような状況を改善することを目的として、2008年8月から2012年8月までに4年間の期間で技術協力が行われました。
 このプロジェクトには副大統領府、社会保障省、自治体、大学病院、リハビリテーションを実施するNGO等が関わりました。対象とした場所はコロンビアで最も地雷被災者数が多いバジェ県、地雷被災者治療、リハビリテーションを行う拠点である大学病院があるアンティオキア県の2か所で、政府機関がある首都ボゴタが基点となりました。本プロジェクトで対象とするのは、地雷被災者を中心とした肢体不自由の方と、地雷により目を負傷する人々もいることから、視覚障害がある方々のリハビリテーションに関する協力を行うこととなりました。技術協力にあたり、次の4つの成果目標が設定されました。
①2つの県におけるリハビリテーション従事専門職の能力強化
②医療施設における切断や視覚障害者のリハビリテーションガイドの活用
③リハビリテーション関係者が地雷被災者を中心とした障害がある人々の権利、義務、制度についての知識を得る。
④地雷被災者の感染軽減や二次的障害予防のための処置に関する知識が深まる。
 当センターは日本側の協力機関として主に①と②について協力し、職員の現地派遣、研修員受け入れを行いました。肢体不自由者のリハビリテーションについては、整形外科医師、視覚障害者のリハビリテーションについては眼科医師が中心となり、現地での講義やディスカッションを行いました。コロンビア側からは、医師、理学療法士、作業療法士(大学病院では視覚障害のリハビリテーションを担当)、言語聴覚士が日本に来て、リハビリテーションにおけるチームワーク、日常生活動作の評価、視覚障害のリハビリテーションについて学ぶと共に、障害がある方の就労先や切断の方の家庭訪問など、障害のある方の社会参加、生活実態についても学びました。一方、切断のリハビリテーションにおいて重要な義足については、当センターが実施していたJICAの補装具製作技術研修コースにコロンビアの義肢製作技術者を継続的に受け入れて義足の製作技術の研修を行い、2つのプログラムでサポートしました。
 皆さんもご存知のように南米コロンビアと日本は真裏に位置するため、季節は逆で、時差が14時間もあります。そのため、日本に来る研修員も、当センターから現地に行く職員も長時間のフライトと時差には苦労しましたが、コロンビアのリハ従事者は日本での研修でできるだけ多くのことを吸収しようとする心と、持ち前の明るさで頑張りましたし、現地に派遣された当センターの職員もコロンビアの治安の問題で銃携帯の警護員の護衛が付きながら、現地での歓迎もあり、複数回に亘る渡航を乗り切りました。
 2012年の8月には本プロジェクトの終了式典が現地で開催されました。
 その前に行なわれた成果の評価では以下の事が達成されたことが確認されました。
  • 日常生活動作の評価表が作成され、診療に使用されている。
  • 視覚障害者および切断者のリハビリテーションのガイドが作成され診療に活かされている。
  • 農村地域での地雷被災の応急処置について普及用の絵本形式の教本が作成されたり、権利等に関する研修が行われた。
  • 二次的感染予防等の医学的処置について、自治体の予算で研修が行われている。
  •  このプロジェクトは副大統領府、保健省、自治体などの政府、行政機関も含めた活動であったため、影響が広がり、8月のプロジェクト終了後、すでに11月には現地政府が研修会を開催しています。
     JICAはコロンビアに先立ってチリの障害者リハビリテーション強化プロジェクトの技術協力を成功させ、当センターも協力をしました。現在ではチリが中南米諸国にリハビリテーションに関する研修を行っており、この2か国への支援が更に中南米に波及することを期待します。

    写真1:障害がある人々の権利について分かり易く作成されたパンフレット
    障害がある人々の権利について分かり易く作成されたパンフレット
    社会参加、公共交通手段、コミュニケーション、差別がなく自由であること、
    個人としてのアイデンティティ、仕事、教育、健康(医療)

    (2)ミャンマー リハビリテーション強化プロジェクト
     ミャンマーは昨今、経済発展を目指し急速に市場開放が進み、テレビのニュースなどでも日本をはじめとする海外企業の進出や市民の生活が紹介されるようになりました。ミャンマーの情勢はご存知のとおり政治的にも大きな変動を経てきましたが、それ以前は経済をはじめとする日本の協力もミャンマーの民主化の情勢を見ながらの実施であったため、国民に直接裨益する分野のみの活動が行なわれました。本プロジェクトはまだ民主化が進む一歩手前の2008年7月から5年間の計画で開始されました。
     ミャンマー政府からリハビリテーション強化のための技術協力の要請が日本にあり、JICAが現地調査を始めた2007年当時、ミャンマーでは主にポリオ、ハンセン病などの感染症、紛争地帯の地雷被害の人々、栄養失調が深刻な状況にあり、一方で医療資材の不足と技術の問題もあり、障害がある人々が必要な医療リハビリテーションサービスを受けられるのは1.8%のみとの推計が出ていました。障害がある人々が医療リハビリテーションを受けられるように、リハビリテーション従事者の技術向上と、国立、州・県立及び地域の病院の連携を目的として、国内で唯一のリハビリテーション専門病院である国立リハビリテーション病院(在ヤンゴン)を拠点にしてリハビリテーション従事者の研修教育を中心に本プロジェクトの活動が開始されました。
     当センターは事前の現地調査の段階から医師と理学療法士を調査団に派遣し、国立リハビリテーション病院や同じヤンゴンにある総合病院等での医療の状況、リハビリテーション従事者の現状、教育について情報を得ました。国立リハビリテーション病院では主に足の切断、脳血管障害による片麻痺、脳性まひ、ポリオの後遺症、脊髄損傷の患者さんにリハビリテーションを行っています。
     リハビリテーション従事者は医師、看護師、理学療法士、義肢装具士で、その他のリハビリテーション専門職種はいないため、特に看護師、理学療法士がそれ以外の分野を一部カバーしています。国立リハビリテーション病院は医学生、看護学生、理学療法学生の教育病院としての役割を担っています。しかし、リハビリテーション技術に関しては機能を回復するのみが主眼におかれており、日常生活の向上までは配慮されていなかったのが当時の現状でした。
     ミャンマーでは家族の結びつきが強いので、病院での訓練も家族が手伝ったり、患者さんの食事も家族が持ってきたりと、現代の日本ではすでにほとんど見られない光景も見られました。
      JICAの技術協力は日本から現地に長期派遣される長期専門家が中心となり、必要な活動を組み立てていきます。このプロジェクトでは理学療法の専門家がその役割を担っており、技術と知識を習得する必要のある障害テーマごとの指導者研修プログラムを実施しています。これまでに、脊髄損傷、脳性まひ、脳卒中のリハビリテーションに関する研修会が現地で実施され、当センターからは医師、理学療法士、看護師を講師として派遣しました。時には現地にはない自助具を日本から持ち込んだこともあります。2011年夏に開催された脳卒中のリハビリテーション研修では、作業療法、言語訓練等、ミャンマーには専門職がいない分野も日本から専門職を派遣して、現地の理学療法士に対して知識を提供しました。当センターは作業療法士を派遣して講義や指導を行いました。
     ミャンマーのリハビリテーション従事者の日本での研修にも協力しました。前述した現地での研修会に参加した人が日本での研修にも参加すると、講義で聞いたことを日本で実際に見ることができるので、効果的な研修となります。ミャンマーの国民性もあるのでしょうか、皆真面目に研修に取り組んでいましたし、控えめながら明るい人柄の研修員が多かったと思います。
     リハビリテーション従事者の残りの1つ、義肢装具士については、国際赤十字が長く支援しており、また隣国のカンボジアで義肢製作の技術を勉強した人材が中心です。当センターはJICAの補装具製作技術研修コースにコロンビア同様、ミャンマーの義肢装具士を毎年受け入れて両側面から支援を行なってきました。
     まもなくプロジェクトの最終評価のための調査団派遣を行ないますので、成果のまとめはまだここではご紹介できませんが、この5年間の協力から派生したこととして、ミャンマー政府が大学レベルの義肢装具士養成校を設立中であり、今後、作業療法士、言語聴覚士の養成大学も設立する計画中であると聞いています。
     プロジェクトが開始された頃や義肢装具の研修員がセンターで研修していた時には自国に電話をかけるのも一苦労でしたが、今や、研修員は自分のパソコンを持参し、携帯電話も普通に使用されるようになり、急速な変化を私達も感じています。国の民主化、経済の開放化に伴って、医療の分野も変ってくることと思いますが、ミャンマー国内で培ってきた家族や文化の良いところは残しながら、障害がある人達が必要なリハビリテーション医療を受けられるように発展して欲しいと思います。

    写真2:ミャンマーの民族衣装を着た研修員達   写真3:ミャンマー国立リハビリテーション病院
    ミャンマーの民族衣装を着た研修員達   ミャンマー国立リハビリテーション病院

    (3)中国中西部地区 リハビリテーション人材養成プロジェクト
     北京にある中国リハビリテーション研究センターの設立のためのJICAプロジェクトにはじまり、リハビリテーション従事者(理学療法士、作業療法士)の養成校を同センター内設立まで、JICAの中国におけるリハビリテーション技術支援は20年間に亘り実施されてきました。これまでに培った中国リハビリテーション研究センターの技術を、人材養成の面で更に他の地域に広げることを目的として2008年4月から5年間の計画で本プロジェクトが開始されました。
     首都北京でのリハビリテーション人材養成だけでは中国各地に人材供給ができるわけではありません。一方、近年の経済発展に伴い、交通事故、労災、生活習慣病の増加により、障害がある人々が増加しているため、中国政府は国内の各省にリハビリテーションセンターを設立して皆がリハビリテーションを受けることができるようにするという方針を立てており、人材養成が重要な課題となっています。本プロジェクトは中国の中西部に位置する陜西省西安、重慶市、広西チワン族自治区の3地域を対象にして、リハビリテーション従事者を北京の中国リハビリテーション研究センターから遠隔地教育を行ない、人材育成を行なうことに協力するもので、北京のリハビリテーションセンター設立から第3段階目の協力となります。
     実施にあたっては、国際医療福祉大学から北京に長期専門家が派遣され、遠隔地教育の生中継講義等ができる機材やシステムの整備が併せて行なわれ、教育カリキュラムの作成が進められました。当センターからは主に本プロジェクトを担当している医師を事前調査、中間評価調査等に派遣し、各地域での活動状況調査や養成のあり方についての助言を行いました。
     もう一つの活動として、3地域のリハビリテーション病院、センターのリハビリテーション従事者と中国リハビリテーション研究センターのリハビリテーション従事者が1年間に日本で2回の研修を受けるプログラムが実施されました。
     1回目はリハビリテーションの概要を知り、2回目の来日で2ヶ月間、現場での研修を行なうものでした。はじめに国際医療福祉大学の複数の施設で各専門に分かれて研修を受け、後半に当センターで研修を行いました。研修員は理学療法士、作業療法士、言語聴覚士が中心でしたが、当センターでの研修は、医学的なリハビリテーションだけでなく、障害がある人の生活訓練、就労、地域生活支援など、人としての生活に関わるリハビリテーション全体をみてもらうことを中心にプログラムを組みました。
     中国リハビリテーション研究センターは病院を拡大し、毎年リハビリテーションに関する大規模な国際フォーラムを開催しており、更に中西部地区の人材養成の拠点となるまでに発展しました。このプロジェクトでの遠隔地教育を利用した1年間640時間の研修は3回実施されました。
     3地域から日本での研修に参加するリハビリテーション従事者も若い年齢層が増えてきて、積極的に知識を吸収しようとする姿勢に、新しい世代の可能性を感じることができます。遠隔地教育を受け、日本で研修を行った人材は各地域において更に次の人材を指導する能力を持ち、自分達で人材育成ができる仕組みを作って欲しいと思います。
     本プロジェクトは今年の3月に終了する予定です。都市部と農村部の医療格差の問題、やがて迎える高齢化社会等、日本の約10倍の人口を抱える中国におけるリハビリテーションは、20余年に亘る日本の協力によってそのあり方を自国の力で見出してくれることを願います。

    写真4:北京と西安間の遠隔教育1   写真5:北京と西安間の遠隔教育2
    北京と西安間の遠隔教育

    (4)ミャンマー 社会福祉行政官育成プロジェクト(ろう者の社会参加促進)
     ミャンマーでは障害がある人々の福祉は社会福祉救済省が担当していますが、政策立案・サービス提供が充分にできていない状況を改善するために、ミャンマー政府は日本に社会福祉行政官の育成への協力要請を行いました。その中で課題を絞り、ろう者、ろう学校と協力してミャンマーの標準手話の普及と手話指導者を育てることを通じて、ろう者を担当する社会福祉行政官(ろう学校の教員を含む)を育成し、それがろう者の社会参加促進につながることを目的としたプロジェクトが2006年7月から4年間の計画で開始されました。
     ミャンマーにはいくつもの民族がいるため、その中で使用されてきた手話も異なります。一方でろう者のためのろう学校はヤンゴンとマンダレーの2都市にしかないので、プロジェクトはこの2つのろう学校とろう者、社会福祉省の担当官を中心に実施されました。標準手話の普及には全日本ろうあ連盟が主に協力しました。次のステップとして、聴者とろう者の間のコミュニケーションをサポートする手話通訳者が必要になりますが、すぐに通訳者を養成することは困難なため、手話によるコミュニケーション支援を行なう"手話支援者"を育成することが必要となり、手話通訳養成のノウハウをもつ当センターが2011年8月から3年間の協力をすることになりました。
     当センターからは手話通訳学科の教官を現地に派遣し、ミャンマーで標準手話の指導が可能なろう者、ろう学校教員にグループとして手話指導方法や手話支援者を育成するための理論や技術を指導しています。また同じグループのメンバーが日本での研修を複数回受けています。これは、ミャンマーにおいて手話指導が可能な人材が非常に限られている現状によるものです。
     ろう者同士、聴者とろう者のコミュニケーションが確立することにより、ろう者の社会参加が進むことが最終的な目標です。本プロジェクトはまだ進行中で、これからも手話指導者、支援者が育っていくことに協力していきます。

    写真6:ミャンマー標準手話テキスト   写真7:当センター学院手話通訳学科教官がミャンマーで講義、実技をおこなっている
    ミャンマー標準手話
    テキスト
      当センター学院手話通訳学科教官がミャンマーで
    講義、実技をおこなっている

    (5)リビア国 義手・義足支援プログラム
     リビアはアフリカの北部に位置し、エジプトの隣国です。2011年に同じ北アフリカのチュニジアから始まった民主化運動"アラブの春"の中で、1969年から続いていたカダフィ政権は反体制派との武力衝突の末に2011年8月に崩壊しました。カダフィ時代は国際社会との関係は限られており、日本との間でも限定的な活動しか行われていませんでしたが、同年に行なわれた国連でのリビア暫定政府と日本の外務大臣の会談において、日本政府は武力衝突の負傷者への医療支援と義足・義手に関する支援の要請を受け、義足・義手に関する支援をJICAが担うこととなり、当センターが技術協力をすることになりました。
     先述したように、リビアと日本はこれまであまり密接な交流がなかったことと、内戦後まだ不安定な社会情勢のため、現地の実態に関する情報がほとんどありませんでした。このような中で、JICAの事前調査団に当センターは医師を派遣しました。現地での安全を考えて、英国の民間警備会社を同行させての調査となりました。関係機関での聞き取りを経て、義肢製作技術に関する協力を中心に、リハビリテーション従事者への研修も含めたプログラムを行なうこととなりました。リビアにおいても医師、理学療法士はいますが、作業療法士、言語聴覚士はいません。義肢装具技術者は外国からの技術者、現場で技術を習得してきた技術者がいますが、国全体にどの程度いるのかはっきりした数は分かりません。リビアは石油産出国なので、外国の病院で医療を受ける人も多く、国内の医療機関にはかえって患者さんが少ない状況にあるようです。
      2012年9月には第1陣となるリビアの社会省大臣をはじめとする医療関係者が来日し、厚生労働省や当センター、他のリハビリテーション病院を視察しました。この視察の次の段階として、実際の技術協力を今年の秋をメドに開始すべく準備をしています。リハビリテーション従事者の研修と、義肢(主に義足)の製作技術研修を当センターが中心となって実施する予定です。
     本支援は日本政府にとってリビアへの人道支援の第1歩となる活動です。
     アラブの国であるリビアの人々の文化や習慣も尊重しながら、必要な技術、知識を提供できるプログラムにしていきたいと考えています。

    リビアの地図(外務省HPより)
    リビアの地図(外務省HPより)