〔特集〕
福祉機器の研究開発(2/3)
研究所福祉機器開発部

4.認知症者を対象とした福祉機器の研究(間宮)

 認知症は短期記憶障害(例:薬を飲んだことを忘れる)や見当識障害(例:今日の日付や曜日が分からない)などが現れ、暮らしの様々な場面が滞ります。今年6月、国内の認知症高齢者はおよそ462万人と発表されましたが、認知症者の暮らしを支える機器や一般製品は少なく対応が求められています。ここでは、認知症者の生活の質を向上させる福祉機器の開発研究から2例を紹介します。
1)認知症者の自立支援機器の研究
 認知症ケアの中に機器を導入していくため、次の4つの機器の実証研究を行いました。
①アラーム付薬入れ(図3)
 服薬時間に赤いランプが光り、アラームが鳴ります。上面の窓口に1回分の薬が現れ、ひっくり返して薬を出すとランプとアラームが止まります。
 軽い認知症があり、薬の飲み忘れ等が週1回以上ある19名の高齢者を対象として、アラーム付き薬入れ(Pivotell Ltd, UK)の試用評価を実施しました。3ヶ月後14名(73.7%)が薬入れを使い続け、飲み忘れが少なくなりました。
②電子カレンダー(図4)
 LED版電子カレンダーは、日付と曜日をLEDライトで示します。タブレットPC版電子カレンダーは、日付と曜日、次の予定、アラームを示します。当研究所での開発品です。
 軽い認知症の高齢者を対象として、試用評価を実施しました。3ヶ月後、LED版電子カレンダーでは6名(85%)、タブレットPC版電子カレンダーでは5名(33%)の方が、自立的に日時を把握していました。
図1:義足一体構造試験装置繰り返し試験用 図2:開発した「Brai-Talker」
図3:アラーム付き薬入れ 図4:電子カレンダー

③探し物発見器
 リモコンのボタンを押すと、タグのアラーム音が鳴り、探し物の場所を知らせます。
 探し物に困っている高齢者(本人が管理・保管しており、タグをつけて問題のない大きさの物を探している方)を対象として、試用評価を実施しました。3か月後、生活全般の探し物の回数が減っていました。
④簡易テレビリモコン
 神戸大学の開発製品。テレビリモコンにカバーをかけて、電源・選局・音量ボタンのみを操作します。
 14名の在宅の高齢者を対象として、試用評価を実施しました。認知機能に低下が見られる人は、順送りでチャンネルを変える方式の簡易テレビリモコンが操作しやすいと分かりました。
⑤支援ガイドの作成
 機器の利活用や支援ガイドに関するヒアリング調査に、認知症の方10名とケア関係者が参加し、利用時の本人や支援者の負担・ストレス等の課題を整理しました。認知症のレベル、個別特性によらず参加した高齢者全員に3項目以上の機器に対するニーズがあることも分かりました。支援ガイドの試用評価も実施し、8名の認知症者に安定して過ごす時間、自立した行動、一人で楽しむ時間の増加といった効果が確認されました。
2)認知機能低下のある高齢者の生活支援システムの構築
図2:PaPeRo(NEC)をプラットフォームとした情報支援ロボットの開発
図5  PaPeRo(NEC)をプラットフォームとした情報支援ロボットの開発
 この開発研究では、PaPeRo(NEC)(図5)をプラットフォームとして、生活に必要不可欠な情報把握・行動を確実に支援する、包括的な生活支援システムの開発研究を行っています。平成22,23年には、高齢者・軽い認知障害のある高齢者(計20名)がロボットとの対話実験に参加し、90%以上の情報取得が可能であることを確かめました。平成24年には、プロトタイプのロボットシステムを自宅に導入し、4名の高齢者の方に5日間使用して頂きました。その結果から、家庭での利用の可能性を確認することができました。
 平成24年には、伊豆市の協力で、介護予防事業に通う124名の高齢者が、ロボットに期待する機能に関するヒアリングに参加しました。172種類の要望が抽出され、ロボットシステムへの要求機能として、スケジュール支援と服薬支援を選定しました。

5.排泄問題ワークショップ(硯川)

 先端技術を効果的に当事者の手に届けるためには、開発の早い段階から当事者が参加することが重要です。福祉機器開発部では、そのための一つの手法として、ワークショップを実施しています。
 その一つの取り組みとして、排泄に関する支援機器の開発や排泄のための社会システム・環境の改善を目指して、2011年度より、当事者参加型のデザインワークショップ「排泄問題ワークショップ」を開催しています。排泄に何らかの問題を抱える障害当事者とエンジニア・医療専門職などが直接対話しながら協働することで、実状に即した課題解決を達成することが狙いです。
 例えば、身体障害者の中には、排便や排尿に必要な筋肉の制御ができない方がおられます。 ワークショップでの議論の結果、外出時に失禁をしてしまったときなどに周囲に気付かれずに帰宅するために、臭いを抑える技術への要望が高いことがわかりました。 そこで、2012年度のワークショップでは、「排便時や失禁時の臭い対策」をテーマに以下の3つのグループが機器開発に取り組みました。
Aグループ: 外出時の失禁のための臭い対策
(手が使える場合)
Bグループ: 外出時の失禁のための臭い対策
(手が使えない場合)
Cグループ: ベッド上排便時の臭い対策
 図6に、議論の結果提案された機器のイラストと、その過程で製作された試作品の写真を示します。実物に手を触れながら検討することで、実用性を考慮した設計解を提案できました。 特にCグループでは、参加していた企業の既存技術を活用できたこともあり、臨床評価が可能なレベルの消臭剤を開発することに成功し、病院看護部と共同で病棟での評価試験を開始しています。
 ユーザと開発者が対話しながら開発を進めることの利点は、「こうであって欲しい」という要求機能に加えて、「こうじゃないと使えない」という制約条件を十分に抽出できることにあります。開発の初期段階で、実際のユーザが使用を想定しながら設計の「漏れ」を指摘することで、「こんなはずじゃなかった」という失敗を効果的に防止できると考えています。参考URL排泄問題ワークショップ:http://www.rehab.go.jp/ri/kaihatsu/haisetsu_ws_2013/top.html
図6:提案された機器のイラストと試作品。
図6:提案された機器のイラストと試作品。