〔特集〕
すべての人にモビリティを
自立支援局長 飯島 節

 筆者の毎日の通勤距離は往復30数キロメートルに達しますが、首都圏における通勤距離としては平均かやや短いくらいだと思っています。朝夕の通勤電車はいつも満員で、駅構内は人で溢れかえっています。通勤する人々の移動距離の総和がいったいどれほどになるのか、わざわざ計算してみるまでもなく、今日の社会が人々の厖大な量の移動によって成り立っていることだけはよくわかります。
 一方、毎朝同じ時間に団地の敷地内を通り抜けると、いつも多数の幼児を乗せた幼稚園バスとすれ違います。幼稚園まではほんの1,2キロに過ぎないのかも知れませんが、とにかく幼少時から毎日の生活に、歩くには少し遠い距離の移動が組み込まれているのです。
 また、最近では、デイケアやデイサービスに高齢者を送迎するマイクロバスと出会うことも多くなっています。高齢になって歩行が不自由になってからも、毎日それなりの距離の移動をしなくてはならないのです。
 そもそも移動といえば、朝起きたらまずベッドからトイレまで移動しないと一日が始まらないというように、私たちの日常生活のほとんどすべてがそれなしには成り立ちません。私たちは毎日、数メートルから時には数千キロにも及ぶ、さまざまな距離の移動を繰り返しながら生活しているのです。
 こうした私たちが毎日繰り返している、ある場所からある場所へ移動する能力のことをモビリティmobilityといいます。モビリティには、ベッドからトイレまでといった数歩の距離の移動から、自分で車を運転したり公共交通機関を利用したりして遠くまで旅行することまで、さまざまな種類と距離の移動能力が含まれます。 モビリティは、私たちの生活に必要不可欠であり、したがって、その再獲得はリハビリテーションのもっとも重要な目標のひとつとなっているのです。
 ところで、英語のmobilityという単語には、以上のような物理的空間における移動能力だけではなく、社会的空間における移動性や流動性という意味もあります。たとえばverticalmobilityとは社会階層を上昇したり下降したりするような垂直方向の移動性のことですし、horizontal mobilityと言えば同じ階層内で職業や住所を替えたりするような水平方向の移動性を意味しています。
 こうした社会的空間におけるモビリティが損なわれることも、障害の重要な要素のひとつです。経済的困窮あるいは偏見や差別などの障壁によって、障害者はしばしば特定の社会的空間に閉じ込められてしまうのです。
 したがって、リハビリテーションの目標としては、物理的空間におけるモビリティばかりではなく、障害を持った人が自由に職業を選んだり好きな場所で好きな人と一緒に住んだりできるように、社会的空間におけるモビリティを確保することも重要です。
 以上のように、モビリティはリハビリテーションのすべての分野に関わるキーワードです。国立障害者リハビリテーションセンターでは、人々のモビリティを高めるために、さまざまな訓練や研究開発が行われています。本特集では、当センターのそうした取り組みの一端を紹介させていただきます。