〔特集〕
国際セミナー「高齢者のもつ運動機能障害―高齢期に生じる障害と障害者の高齢化―」
企画・情報部

   平成26年11月8日(土)に当センターで開催した高齢化と障害に関する国際セミナーにおいて基調講演、発表6題、全講演者によるディスカッションと会場との質疑応答を行いました。はじめに、国立障害者リハビリテーションセンター中村耕三総長からの、高齢期に生じる障害や障害がある人の高齢化に伴う問題は日本のみならず世界的な問題となっているとの開会挨拶の後、WHOが世界的視点から分析する高齢化と障害について基調講演を行い、隣国の中国、韓国の状況、日本の状況に関して専門家、障害当事者等による発表を行いましたので、各発表の要旨を以下にご紹介します。

【基調講演】

障害と高齢化―WHOの見解と対応
ポーライン クレイニッツ WHO西太平洋地域事務局テクニカルリード

 人口統計の側面から西太平洋を中心とした国々における高齢化と障害について以下の分析を説明しました。
・高所得、中所得、低所得のいずれの国にも高齢化の波が押し寄せている。
・高齢者の男女比では女性の方が比率が高いが、健康寿命を見ると、良好な健康状態で過ごす年数について女性は男性より少ない。
・低所得の国ほど、高齢化による障害の有病率が高い。
・視覚障害、認知症、聴覚障害、変形性関節炎はどの所得水準レベルの国でも加齢に伴い障害となる要因である。ただし、個別の障害状況については低所得国と高所得国の保健、医療の違いによってその様態は異なる。
・障害がある人々がどのように年をとり、加齢が障害にどのようなインパクトを与えるかについてはWHOは未だ根拠を有するに至っていない。データの集積が必要である。
・障害がある人、高齢者の両者にとって良い健康状態であること(健康増進)と環境要因は重要である。

【発表−1】

韓国における高齢化および関連する障害についての現状
イ ソンジェ  韓国国立リハビリテーションセンター長

 韓国における高齢化と障害の現状、韓国国立リハビリテーションセンターにおける障害者および高齢者に関する活動の2点について発表しました。
・韓国の障害者登録システムによると人口の約5%は障害を有している。
・障害の90%は事故や疾患によるものであり、急激な高齢化に伴い医療費の需要が増加している。
・加齢に伴い有病率が飛躍的に上昇している。
・障害がある人々のうち高齢者は40%〜50%である。
・韓国国立リハビリテーションセンターでは以下の関連活動を行っている。
 @自動車訓練に関する認知知覚評価:脳機能障害がある人や高齢者の運転に関する認知評価法を韓国リハセンターが民間の機関と共同開発し、運転免許所で使用されている。
 A虚弱な高齢者に関する研究:虚弱な高齢者に運動プログラムを実施後、身体機能が改善した。
 B高齢者に関する3つの計画:急激な高齢化に伴うニーズについて備えている。
  ・高齢者リハのインフラ構築
  ・高齢障害者の個人リハビリテーションプログラム
  ・虚弱な高齢者の健康管理プログラム

【発表−2】

中国における高齢脳卒中患者のリハビリテーションの現状
陳 立嘉  中国リハビリテーション研究センター 神経リハビリテーションセンター副主任

 脳卒中に焦点をあてて、中国における治療と取り巻く現状を発表しました。
 中国の総人口は14億人。2000年には60歳以上の人口は10%を超え、高齢化社会となった。今後も人口の高齢化が進むであろう。
 中国では脳卒中の発生率が高く、死因も1位である。脳卒中後の生存者の8割に何等かの運動機能障害がある。
 中国衛生部は2009年にクリニカルパスによる治療管理を導入した。それにより入院患者の入院日数が減った。また、総合的なリハビリテーションの評価と治療の標準化を進めるため、2011年には脳卒中治療のガイドラインが作成された。中国の高齢脳卒中患者のリハビリテーションに関する問題点として以下の4点をあげる。
・国土が広大なため、リハビリテーションのネットワークが全土をカバーできていない。
・標準的な治療、リハビリテーションサービスの提供に必要なリハビリテーション専門職、介護者が不足している。
・社会保険、その他の政策が不十分である。
・高齢者向けの病院に入院したのち、自立度が低いと退院できず、一方、高齢者施設の数は不十分である。
 これらの現状に対し、地域で展開するリハビリテーションの強化、救急医療からリハビリテーションまでのネットワークとリハビリテーション専門職の資格制度の創設が重要であると考える。

【発表−3】

高齢者におけるサルコペニア、フレイルの意義
荒井秀典  京都大学大学院医学研究科 人間健康科学系専攻教授

 日本では高齢化の進行に伴い介護を必要とする人口が増加することに対し、要介護者の増加の伸びを減らすための予防の重要性の観点からサルコペニア(筋力低下と機能低下)、フレイル(脆弱)について発表しました。高齢者の要介護の要因は、60歳から74歳においては脳卒中が最も多いが、75歳以上になると、転倒・骨折、認知症とともに、衰弱が大きな原因となっている。加齢に伴う身体的な老化をフレイルと言うが、加えて、認知機能、社会性も含めて脆弱であることがフレイルの考え方となってきている。介護予防のために、自治体ではチェックリストを活用した取組みも行われている。
 身体的フレイルの重要な要因としてサルコペニアがある。これは加齢による筋肉量および機能の低下の事で、転倒や骨折の危険性、生活機能の低下と死亡につながる危険性も上がる。筋肉量の低下の速度に関わるのが運動と栄養である。歩行速度、握力等の機能面もその判断に使用する。栄養についてはタンパク質、ビタミンDが筋肉に関係しており、運動と栄養の両方が重要である。
 加齢によるフレイルとその要素であるサルコペニアに対しては、早期発見と運動・栄養を用いた介入が重要である。

【発表−4】

アテトーゼ型脳性麻痺に見る加齢性頸椎障害
星地亜都司  三井記念病院整形外科部長
代読: 赤居正美 国立障害者リハビリテーションセンター研究所顧問、国際医療福祉大学大学院教授

 障害がある人の加齢に伴う問題として、アテトーゼ型脳性麻痺者の頸椎の変化について、具体的な症例を紹介しながら解説しました。
 アテトーゼ型の脳性麻痺の方は不随意運動があるため、首が不安定となる。
 骨の変化(頸椎症)が若いうちから生じてくる事についても不随意運動が関係していると考えられている。脳性麻痺の人はもともと神経学的な制約があり、コミュニケーションがうまくいかない人もいるため、診断自体が簡単ではなく、変化の発見が遅れてしまうのが現状である。加齢とともに、頸椎症による様々な変化、症状が生じると外科的処置(手術)を行うことになる。手術により症状に改善が見られても長期的には症状の再発による再手術が必要になることもあるのが現状。脳性麻痺の人の周囲は状態の変化に早いうちに気づいて欲しい。

【発表−5】

脊髄損傷者の高齢期に於ける身体機能面と生活面の現状と問題
大濱 眞  公益社団法人 全国脊髄損傷者連合会副代表理事、NPO 日本せきずい基金理事長

 自身が障害当事者として当事者団体をとりまとめ、また、政府の障害施策に関する委員も務められている立場から、当事者が直面する身体機能面の問題と生活面、特に介護についての問題について発表しました。
 脊髄・頸髄損傷の人の加齢に伴う身体機能上の問題として以下がある。
・泌尿器系の障害・脊髄の2次的合併症・褥瘡
・感覚障害による疾患の自覚の障害
・関節、筋肉、血管の変形
・心臓・呼吸器
・骨粗鬆症等
 日本の介護保険と障害福祉サービス間の問題として、障害がある人が65歳になると障害者総合支援法から介護保険の対象となり、異なる制度の適用によって介護サービスの利用に問題が生じているのが現状である。
 障害がある人は継続的に障害者総合支援法の下でサービスが受けられるようにすることが良いと考える。

【発表−6】

健康維持からみた運動機能障害とその対応策
緒方 徹  国立障害者リハビリテーションセンター 障害者健康増進・スポーツ科学支援センター長

 健康寿命、健康維持の観点から、運動機能に焦点をあてて、加齢による運動器障害と既存の疾患を背景にした運動器障害について障害者健康増進・スポーツ科学支援センターでの実践をもとに知見を発表しました。
 立ち上がり、歩行を移動機能と呼び、運動器の疾患により移動機能障害がおきることをロコモティブシンドロームと言う。加齢に伴う運動機能の低下に対して早期に個人、医療が対応して機能を維持する戦略がとられている。適切な介入により、運動器の移動機能を改善することができる。
 運動器疾患がある人については、障害の程度に応じて機能を維持することが健康寿命と考える。障害のある人には身体的な安全管理をしたうえで介入する。運動、栄養、生活指導をセットにした3ヶ月間のプログラムを他施設と共同で実施した。このような健康増進プログラムは数値の改善のみを目的とするのではなく、日常生活や社会参加への良い影響をもたらすことも重要である。

 発表後は飯島節 国立障害者リハビリテーションセンター自立支援局長の司会により、講演者間のディスカッションならびに会場と講演者の質疑応答を行いました。
 高齢化に伴い障害をもつ人が増えてきたことで、障害は全ての人にとっての問題であることを認識することと、アジアを含む世界において重要な課題として、今後国際的に協力をしていくことが大切であると、セミナーにおいてまとめられました。

写真:ディスカッション
ディスカッション