〔特集〕
「ロコモティブシンドローム」への取り組み
障害者健康増進・スポーツ科学支援センター長 緒方 徹

ロコモってなんだろう?
  超高齢化社会を迎えた日本において、自立して社会参加できる長寿は社会の目標であり、国の健康指針の健康日本21においても「健康寿命の延伸」が大きなテーマに掲げられている。健康寿命を脅かすものはいくつかあるが、その一つが「移動機能の低下」である。現在、介護保険制度を利用している人の数は500万人を超えていると言われているが、移動機能の低下を来す骨関節疾患、外傷を背景とする人の割合は3割を超えている。また、介護保険を利用始めるきっかけとして、立ち上がりが困難になることが主要な要因と言われている。移動機能をになうのは骨・筋肉・関節のいわゆる「運動器」であるが、これまで運動器の健康レベルを捉える試みは定着したものはなかった。医療の進歩で、すり減った膝関節を人工関節に置換する手術は広まっているが、実際には一人の高齢者が複数の運動器疾患を持つことが多く、一か所をみるだけではその人の移動機能は見えてこない。
 こうした状況の中、ロコモティブシンドロームは「運動器の障害により移動機能が低下した状態」を示すものとして提唱され、2013年にはロコモの度合いを調べる評価テストとして「ロコモ度テスト」が日本整形外科学会から示されている。このテストは「立つ機能」と「歩く機能」を評価する機能テストと、自覚的な症状やADL障害を聞き取る質問票から構成されている。
ロコモの判定基準については現在検討が進められており、将来的にはそのテストの基準値を利用して、中年期から高齢期にかけての運動器の状態を簡単に調べることができるようになるだろう(図参照)。
図:ロコモの概念とロコモ度テスト


なぜロコモは大事なのか?
 ロコモを利用して運動器の健康度を調べる事には2つの意味がある。一つは予防である。移動機能の低下は多くの場合50歳代、早い人では40歳代から始まる。しかし、始めのうちは「以前は友達と山登りしていたが、最近膝が痛くなるから誘われても断っている」という程度で、日常生活には支障がない。予防の観点からはこうした段階から、膝の不具合についてその原因を明らかにし、必要な治療やアドバイスをうけて膝関節症の顕在化を防ぐことが重要である。つまりロコモは運動器の健康についての啓発と、予防的な意味合いを持つ。二つ目は重症化を防ぐ視点である。すでに介護保健を利用する自立度の人であっても、立つこと、歩くことを中心に改善できる点を検討することで移動機能障害の重症化を防ぐことができるし、またロコモの標準化した尺度を用いることで様々な治療介入方法の効果について比較検討することが可能になる。

障害者の「ロコモ」
 現在提唱されているロコモ度テストは健常高齢者を想定して作成されており、障害者、特に肢体不自由者がこのテストを実施するとほとんど該当するか、そもそもテストを実施できない状況になってしまう。脳卒中や脊髄損傷によって麻痺がある場合は「続発性ロコモ」とよんで、加齢に伴う骨関節の障害による「原発性ロコモ」と区別する。続発性ロコモにおいては背景疾患の特異性に留意することが大事なのは言うまでもないが、それでもなお、移動機能を中心に評価をすることで見えてくる治療の方向性も少なくない。

国リハ病院の取り組み:ロコモに対して
 国リハ病院の外来には多くの一般高齢者も通院している。ロコモの程度としては、予防段階の方から、すでに介護保険制度利用者で重症化予防の段階まで様々である。日本整形外科学会では「ロコモアドバイザー」となる医師のリストを作成しており、国リハ病院にも2名のロコモアドバイザーが勤務している。
 ロコモの重症化予防は「立ち上がる機能」「歩く機能」の維持訓練と、適切な食生活の指導が中心となる。自宅でセルフトレーニングが可能なレベルであれば、外来での適切な指導を行うこととなる。こうしたトレーニングの妨げになるものとして、疼痛症状がみられることが多く、その評価と対処も外来でのロコモ管理の重要な点となっている。一方、セルフトレーニングが困難で近医や介護サービスの理学療法を利用しているケースでは、当事者が受けているリハビリをロコモの考え方に沿って理解することを助けるのが主となる。

国リハ病院の取り組み:障害者のロコモに対して
 疾病やけがによって比較的若齢から移動機能に障害を持つ肢体不自由者にとって、徐々に進行する移動機能障害に対しては対応が遅れることが多い。病院で実施している障害者人間ドックにおいて脊髄損傷者を中心に最近日常生活で困っている事を質問すると、上位にあがるのが、立ち上がること、移乗動作、階段歩行などである。すなわち、肢体不自由者においてもやはり、重力に抗して垂直方向に重心を上げる機能と、水平移動する機能とが加齢とともに日常生活に大きく影響する要因であることがうかがえる。
 これに対し、病院では徐々に移動機能が低下してきた状態に対する評価・リハビリを実施するとともに、全般的な活動量向上をめざし、障害者健康増進センターを中心としてリハビリテーション体育の導入を行っている。

ロコモのこれから
 今後、ロコモティブシンドロームについては予防や重症化予防を考える目安となる基準値が学会を中心に設定される見通しとなっている。
こうした基準値を有効に利用することで、運動器の健康を考えるきっかけや、改善の目標とすることができる。
 一方、障害者のロコモへの取り組みはこれからの課題となっており、多岐にわたる障害背景に対応できるロコモ対策方法を立案していく必要がある。国リハでは病院でのリハビリや健康増進にとどまらず、多くの移動機能支援の試みがセンター全体でなされている。障害者のロコモ対策を考える上では、こうした様々な方面からのアプローチが重要になっていくものと思われる。