〔特集〕
障害者の防災に関する研究
研究所障害福祉研究部 北村弥生

災害に対する事前準備

 国リハ研究所障害福祉研究部で災害に関する研究を開始したのは、河村宏障害福祉研究部長(当時)でした。厚生労働省障害保健福祉総合研究事業「災害時に障害者を支援する情報システムに関する研究」(平成13〜15年)で、(1)阪神・淡路大震災では家具と家屋の倒壊による死亡が8割を超えたことから自助としての事前対策の必要性、(2)倒壊家屋からの救出の8割は近隣住民により行われたことから共助体制の確立の必要性、(3)東海村JCO臨界事故から知的障害者・自閉症者への放射線被害の周知方法の開発が必要なことを指摘していました。また、障害者が助けられる存在でなく、主体的に災害準備を行う視点を強調しました。
 当時、車椅子利用者、視覚障害者、聴覚障害者に関する災害準備あるいは災害時対策マニュアルはありましたが、知的障害者・自閉症者・精神障害者に関しては、災害対策は施設職員がいかに臨機応変に誘導するかに委ねられていました。そこで、科学技術振興調整費「障害者の安全で快適な生活の支援技術の開発」(研究代表者:山内繁、平成16〜18年)では、北海道浦河町役場・町内会・(社福)浦河べてるの家の協力を得て、精神障害者が地域防災訓練に参加するだけでなく、障害者による自主防災訓練を定期的に実行し、アクセシブルな電子図書規格(マルチメディアデイジー)を使って、障害者が自らマニュアルを作成することを支援しました。
 また、埼玉県川越市の重度自閉症者施設である(社福)けやきの郷における火災訓練と水害経験を記録に残しました。国際的には、世界情報社会サミットにおける浦河べてるの家のメンバー・けやきの郷の理事である重度自閉症青年の親・米国のアスペルガー協会代表の発表を支援し、精神障害者と自閉症者への災害時の情報支援が必要なことの認知を促しました。

当事者主体の防災活動

 厚生労働科学研究「災害対策における要援護者のニーズ把握とそれに対する合理的配慮の基準設定に関する研究」(研究代表者:八巻千香子、平成19〜21年)では、浦河べてるの家による自主防災活動と地域との連携についての研究を継続し、成果をインターネットで公開するとともに、タイ(プーケット)での防災に関する国際会議での浦河べてるの家のメンバーの発表を支援しました。また、この期間に、けやきの郷の常務理事で日本自閉症協会の出版部長であった阿部叔子氏の呼びかけで、「自閉症の人のための防災ハンドブック」が編纂され、東日本大震災で活用されました。チリ地震と東日本大震災では、浦河べてるの家のメンバーは自主避難を率先して行い、避難経過をインターネットで公表し、障害者だけでなく地域の状況を全国に知らせることにつながりました。

具体的な災害時対策の開発

 厚生労働科学研究「障害者の防災対策とまちづくりのあり方に関する研究」(研究代表者:北村弥生、平成24〜26年)と特別研究「障害者の防災対策とまちづくりの総合的な研究」(研究代表者:北村弥生、平成24〜26年)では、東日本大震災における障害者に対する災害対策の好事例を調査・整理し、改めて、事前準備が東日本大震災で有効であったことを示しました。一方、予想を超えた被害と障害の多様性のために、心身の健康を害する支援者も少なくなかったことも示しました。また、発達障害児・者と家族・支援者への影響と対策を調査し、発達障害児者自身が作成し使用する防災教材を開発し、国リハのホームページから公開しました。医療ケアを必要とする訪問学級在籍者の保護者と担当教員に対する調査からは、全体的には災害準備は進んでいないものの、一部の先進事例から有効な対策の方針を明らかにしました。
 さらに、埼玉県所沢市では、障害者・家族・ボランティア・市役所(危機管理課と障害福祉課を中心に関係課)・市社会福祉協議会・町内会長・民生委員・福祉避難所施設長を対象に勉強会を開催して、関係者の顔が見える関係を構築し、情報と意見・課題を共有しています。また、所沢市地域防災訓練への障害者(視覚、聴覚、肢体、盲ろう、発達)の参加支援を行い、町内会で無理なくできる支援方法を探索しました。例えば、自主防災組織または町内会に事前に連絡して防災訓練に継続して参加することで障害者の地域への周知は進むこと、一次避難所である小学校の体育館の入口の3段程度の段差で車椅子を持ち上げることや視覚障害者の手引きは指示や事前研修があれば町民でできること、褥瘡の心配がある人には携帯用のキャンプベッドと携帯用エアマットが床圧力の除去においては有効であること、聴覚障害者に対するアナウンスの筆記は基本的な伝達事項を事前に準備しておくことで容易になることを示し、第3次所沢市障害者支援計画にも掲載されました。
図1 開発した防災教材
 国際的な動きとしては、国連世界防災会議(仙台、平成27年3月)で採択された仙台防災枠組み2015−2030に、障害者に対する配慮の指針が盛り込まれました。閣僚が参加する本会議では、主催者と日本財団が記者会見で約束したアクセシブルな会議の実践がありました。手話通訳と要約筆記の配置や講演者への携帯点字ディスプレイやDAISYプレイヤーの無償提供などはNPO支援技術開発機構が主催者の助成金を得て実施し、国リハからも宮澤典子教官(学院)が手話通訳者として参加しました。障害者グループは「ドアを蹴破って入ってきたグループ」と称されながら、新設された障害者のセッションの企画・実施を事実上担当し、浦河べてるの家のメンバーを中心とした災害対策の寸劇では、「地震の原因はあなた(障害当事者)にあるのだから逃げてはいけない」という幻聴さんに対して、「一緒に逃げよう」と提案して避難する方法を紹介することで精神障害に特有の困難と対策が示されました。
図2 体育館前の段差で車椅子を持ち上げる 図3 携帯用キャンプベッドとマット
図4 画用紙にマジックでアナウンスを書き留め掲示する 図5 世界防災会議 障害者セッションでの浦河べてるの家メンバーによる寸劇(黄色は幻聴さん)

残された課題

 平成27年度からも、障害者の災害対策に関する研究を続けています。作成した防災教材を活用した個人の災害準備を支援するプログラムの開発と教材の充実、在宅避難を含めた町内会との連携の具体化、知的障害者と精神障害者の地域防災訓練への参加支援に取り組みます。また、全国の障害者の防災活動の先進事例の集積と研究成果の国際的な共有も継続する予定です。浦河べてるの家との共同活動も10年になりますが、障害者の防災対策が完成したわけではなく継続が重要です。平時の活動と緊急時の対策の円滑な移行を目指しておりますので、関係者のご協力を賜れれば幸いです。
URL://www.rehab.go.jp/ri/fukushi/ykitamura/kitamurayayoi.html