〔特集〕
研究開発(障害者スポーツ用具の開発と製作技術向上のための研究)
学院・義肢装具学科 研究所・義肢装具技術研究部

 障害者スポーツの世界において、義足を用いた陸上競技では、100m走で健常者の記録にあと1秒ほどに迫り、幅跳びでは健常者の記録を抜くまでに至っています。しかし、障害者スポーツと一口に言っても様々な競技があり、マイナーな競技では専用の用具がなかなか手に入れられないなど多くの問題を抱えています。競技目的であれ趣味目的であれ、障害者が安全にスポーツを楽しめる環境を作り、用具の入手や加工、設定が容易に行なえるよう、幅広いニーズを捉え、対応していく必要があります。当センターの義肢装具士は、義肢・装具・座位保持装置の製作技術と知識を生かし、スポーツの面からも障害者の社会参加をサポートしています。

「 ゴールボール用プロテクター及びアイシェードの開発」

 ゴールボールはブラインドスポーツの1つで、相手チームのゴールに向かってボールを投げ、相手チームが投げたボールをゴール前で防御しながら得点数を競う、3対3の対戦型球技です。用いるボールは重量1.25kg、直径24cmと大変重く、ロンドンパラリンピック期間中のスポーツ傷害発生率は、ブラインドサッカーに次いで2番目に多い競技と報告されています。
画像:試作アイシェードを装着する選手
試作アイシェードを装着する選手
そのため、特に子どもや女性選手では、安全性の面からプロテクターが果たす役割も大きいのですが、ゴールボール専用のプロテクターはなく、野球や空手のプロテクターを流用せざるを得ません。視覚に頼らないゴールボールでは、ディフェンスでブロックした後のボールの所在を把握し、速攻につなげるためには、低反発性が重要になります。そこで、緩衝材にスチレンビーズを用いて、衝撃吸収性、低反発性、動作性、快適性の向上を目指し、ゴールボール専用プロテクターの開発に取り組んでいます。
 また、ゴールボールに不可欠なアイシェードの開発にも取り組んでいます。アイシェードはルール上、視覚レベルを全選手平等にするために装着が義務づけられていますが、眼球周囲の保護という重要な役割も担っています。国内製の従来品ではシールドにヒビが発生しやすいため、シールドの強度及び安全性の向上に取り組んでいます。また、世界的にアイシェードは黒一色のものが多いのですが、フレーム色の選択、ミラーレンズの採用等シールド色の選択もできるようなデザイン性の向上も図っています。多くの方から「早く商品化して欲しい」という声をいただいておりますので、できるだけ早く供給できるように努めたいと思っています。

チェアスキーバケットシートの製作

 チェアスキーは、主に下肢に麻痺がある方や切断された方が行う冬の障害者スポーツのひとつです。スキー場という開放的な環境に加えて重力を利用して滑走するため、陸上スポーツとは異なる楽しみがあると言われています。通常のスキーと同様に、重心を移動しながらターンやスピードの制御を行いますが、チェアスキーではこれらをプラスチック製のバケットシートに座った状態で行います。
 バケットシートの役割は身体をしっかりと支えて安定させることです。その安定性を左右する要因のひとつが背シートの高さであり、使用者の状態や障害の程度に合わせて最適な高さになるように製作する必要があります。しかしその基準は明確ではなく、使用者の主観的評価と製作者の経験によって製作されているのが現状です。そこで個々の残存能力に応じた最適なシートの高さを定量的に明らかにするため、平成25年より研究を行っています。
 具体的にはC7頚髄損傷の使用者を対象とし、残存能力を最大限に利用できる背シートの高さを明らかにしました。また身体の安定性を高める胸当ての構造と取付け方法を新たに提案しました。現在ではこれらの研究成果を実際の製作に生かし、良好な結果を得ています。今後もシート材料などについて検討を行い、安全で円滑に滑走できるバケットシートの製作を目指していきます。

アイススレッジシートの製作

 アイススレッジホッケーは下肢に障害がある人がスケートブレードを有するフレームとシートからなるスレッジ(そり)に座って行うホッケー競技です。冬季パラリンピック公式競技の一つであり、競技のスピード感や接触プレーの激しさはアイスホッケーに引けを取りません。アイスリンクでの滑走では両手に持つスティックでの操作の他に、左右旋回やフェイントなどの動作は上半身の動きで操作します。競技者のうち、下肢切断者や二分脊椎者などの多くは股関節周囲筋の機能が残存していますが、脊髄損傷者では一部の機能を失った体幹の運動のみでスレッジをいかに随意的に操作できるかが重要となります。この操作性には生体とのインターフェースであるシートの適合状態が大きく影響を及ぼします。シートはプラスチック製であり、外国製の既製品と個別製作品に大別されますが、当センターでは日本代表選手(脊髄損傷者)からの製作依頼をきっかけに対応を開始しました。
 しかし、シートの製作手法は確立しておらず、手探り状態であったことから適合に関する定量的な評価方法の確立を目指し、まずは実験室内でシートを固定した状態での非接触式三次元スキャナによる形状評価、競技様動作について三次元動作解析装置による動作評価などを試みています。今後は実際のアイスリンクでの競技動作評価や褥瘡予防のための圧力分布評価なども含めた評価方法を確立させること、およびその評価に基づく製作によって適合性を向上させることで、競技能力向上を果たすシートの供給を目指しています。

ウィルチェアーラグビー用膝プロテクターの製作

 ウィルチェアーラグビーは車いすで競技する障害者スポーツの一つで、"ラグビー"という名が示す通り、車いす同士がぶつかり合う激しいボディコンタクトがあるのが特徴です。時には車いすが転倒し、その衝撃で体の一部を痛めることもあります。
画像:ウィルチェアーラグビー用膝プロテクター
このような激しい障害者スポーツには体を守る保護具の役割が重要です。選手の中には、膝を守るために市販のバイク用プロテクターなどを流用して装着している方もいます。しかし、バイク用とウィルチェアーラグビー用ではそもそも目的が異なるため、市販のものでは強度が低く、すぐにプロテクターのプラスチックが割れてしまう欠点がありました。
そこで、ウィルチェアーラグビー専用のプロテクターとして十分な強度を持たせるために材料の検討を行いました。選手からは強度だけでなく、軽量化やデザインをカスタマイズできることが要望され、これらを実現するために、義肢装具材料の転用を考えました。検討の結果、義肢に用いられている繊維強化プラスチックでプロテクターのシェルを製作し、圧力分散の目的で装具に使用されているゴムスポンジを内張りとして用いることで、選手の要求を満たすプロテクターの完成に至りました。このプロテクターを装着した選手は現在も日本代表として試合に出場しています。

水泳用大腿義足の開発研究

 水泳は広く受けいれられているスポーツ・レクリエーション種目の一つで、リハビリテーションや健康増進のためにも重要です。しかし、水泳用義足は一般的でなく、普通下肢切断者は義足をつけて泳ぎません。そのため、切断肢を人目にさらされる、陸上での移動が困難といった問題があり、水泳を楽しむ環境には制限があります。
画像:水泳用大腿義足
 ところで、義足をつけて泳ぐと泳ぎやすいのでしょうか?これまで義足をつけて泳ぐと泳ぎがどう変わるのか、きちんと調べた人はいませんでした。そこで、片側大腿切断者がバランスよく快適に泳げる大腿義足の開発を目的とし、義足の重さや足の可動性が遊泳時のバランスや推進効率にどのような影響を与えるかを調べました。その結果、大腿切断者1名のクロール泳において、義足をつけるとバタ足が可能となり、クロールのリズムが6ビートとなって、義足をつけていない時よりも早く泳げることがわかりました。また、義足の足関節が動き、かつ適度な抵抗がある方が、推進効率が向上する結果となりました。
 このように義足をつけて泳ぐと左右の対称性が改善されて泳ぎやすくなるようです。義足をつければ安全にプールサイドを歩くこともできます。競技では義足をつけて泳ぐことは認められていませんが、下肢切断者が水泳を楽しむ機会が今後一層増えることを期待したいと思います。