〔特集〕
再生医療についての国リハの取り組み
再生医療リハビリテーション室の設置
病院リハビリテーション部 再生医療リハビリテーション室長 緒方 徹

 今年7月リハビリテーション部の中に新たに「再生医療リハビリテーション室」が設置されました。「再生医療」は医学の先端分野の一つとして、とくにiPS細胞の発見(2006年)以来脚光を浴びている言葉ですが、「再生医療」と「リハビリテーション」を一つにした部署の名前は(Googleで検索しても出てこないので)新しい言葉といえるでしょう。再生医療は様々な臓器を対象に研究が進められていますが、今回は脊髄の機能再生を目指してこのユニットが作られました。
 
再生医療におけるリハビリの役割
 脊髄再生は未来の医療と思う方が多いかもしれませんが、実際にはその一部はすでに実践されています。今回の新しいユニットの設置は大阪大学で現在は先進医療という制度のもので実施されている慢性期脊髄損傷を対象とした自家嗅粘膜組織移植の手術後のリハビリを国立リハビリで実施することを念頭に置いています。一見、再生医療とリハビリは関連が薄いように思えるかもしれません。再生医療は機能を失った臓器・組織を細胞や薬剤を用いて修復する医療です。ここで大事なのは臓器や組織を修復するというのは単に形が戻ればよいだけではなく、その機能が戻らないと意味がない、という点です。臓器によっては内分泌臓器のようにその働きを自分で意図的に制御することなく、体の恒常性維持のシステムの中で働きが整っていくものもあります。しかし、運動機能という随意的な機能の再獲得を目指した脊髄再生の場合は、細胞移植をされた脊髄が自然と歩行制御機能を獲得するようにはならないのです。損傷脊髄に、特に慢性期の脊髄損傷者の場合、細胞を移植することによってきれいに元の脊髄神経回路が復活するとは考えられていません。細胞移植術によって脊髄組織が再び機能を持つ神経回路をつくるポテンシャルを手に入れる、というのが正しい理解だと思います。したがって、そのポテンシャルを上手に使って新たに歩行などの動きを神経回路に教え込むことが必要で、これがリハビリテーションに課せられた役割となります。 図1に示すように、脊髄再生医療はリハビリを通じて目指す機能回復というゴールにたどり着くのです。
画像:運動機能回復について
 
機能回復のエッジへの挑戦
 慢性期の脊髄損傷者に対して細胞移植をして機能回復訓練を行う、という医療はまだまだ未知の領域です。大阪大学の自家嗅粘膜組織移植は2005年から始まっており、これまでに8例が手術と術後リハビリを完了しており、主に和歌山県立医科大学と関連施設の那智勝浦温泉病院でリハビリが行われてきました。症例の数もかかわった施設の数も少なく、まだ手探りの分野といえます。この治療は胸髄損傷の完全麻痺を対象としているので、やはり歩行機能が再獲得されるのか、という点がもっとも注目を集めるポイントになると思います。大阪大学の報告している8例の中で半数以上の症例で移植後に何らかの下肢の随意的な筋活動が観察される一方、その中で補助具を用いて歩行するレベルまで回復した症例は1例となっています。このことからも、嗅粘膜組織移植が夢のようにそして確実に歩行機能を再建するものではない、ということが分かると思います。再生医療は世の中の高い注目を集め、多くの患者さんに希望を与えるものですが、治療によって機能障害のレベルや内容が変わるものの、なくなることはない、と理解すべきでしょう。したがって、部分的に回復した四肢・体幹の機能をどのように生活や健康維持に活用し、また維持していくのかといった視点が必要になります。つまり、脊髄再生医療は慢性期脊髄損傷に対する究極的な機能回復治療であると同時に、生活訓練の要素も含んでいるといえます。機能回復訓練と生活訓練は「失われた体の機能を取り戻していく訓練」と「現状の機能を活用して自立した生活を組み立てて行く訓練」とも言い換えることができ、リハビリテーションを進めるうえでの両輪となる視点です。現在病院に入院してくる脊髄損傷の患者さんの多くは回復期の訓練を一定期間終えた方が多く、そこから生活訓練につなげていく取り組みが自立支援局も含め積極的に行われています。こうした脊髄損傷者の生活訓練とその後の長期的な機能についての経験が豊富な国立リハビリが、機能回復と生活訓練のバランスを取りながら再生医療に取り組むことの意義は大きく、また国立リハビリにとっても機能回復訓練としての新しい挑戦になるものと思っています。
 
再生医療を支えるリハビリを目指して
 今回の大阪大学の自家嗅粘膜組織移植は自分の嗅覚に関連する神経グリア細胞(ニューロンを助ける細胞)を自分の鼻腔から採取して損傷脊髄部に移植するという治療法で、歴史的にはポルトガルで始まったものです。再生医療というとやはりiPS細胞のイメージが強い人も多いのではないでしょうか。体細胞から多能性を持つiPS細胞を作りそれを神経系に誘導して作った神経幹細胞を移植する研究は現在も精力的に続いており、2017年から亜急性期の患者さんへの臨床治験が始まると予想されます。そこで効果や安全性が確立すれば慢性期まで適応が広がっていくでしょう。このように脊髄再生には様々な手法が実施・検討されており、今後さらに広がることも考えられます。先に述べたように脊髄損傷に対してはどのような再生医療もリハビリテーションと組み合わせて考えるべきであり、今回立ち上げる再生医療リハビリテーション室も将来的には様々な再生医療を受けた患者さんに対応していきたいと考えています。
 再生医療リハビリテーション室は病院・研究所・自立支援局にまたがるメンバーから構成されています。これはあくまで治療のフレームワークを構築するスタッフであり、実際の訓練は通常の診療と同様にさまざまなスタッフの協力を得ながら進めていくことになります。私自身、大学院で脊髄損傷治療の研究をはじめ、それを続ける中で国立リハビリの研究所で働くようになりました。今回のプロジェクトでは研究所で部長をしていた時からの協力メンバーである河島室長をスタッフに迎えることで、病院と研究所が共同で取り組む先端的治療の形を国立リハビリで実現したいと考えています。
 
脊髄再生に関する相談にも対応していきます
 この記事を読む方の中には身近な利用者に対し、再生医療の現実味についてどのように説明すればよいか戸惑った経験をした方もいると思います。どんな治療にも適応が定められており、現状で実践されているただ一つの大阪大学での自家嗅粘膜組織移植の適応基準は図2に示すものになっています。損傷の大きさなど、患者さん自身では知ることのできない内容も含まれているのですが、今後外来では本人の希望に応じて適応の有無について相談できる体制を整えていきたいと思います。どの程度の要望があるかによりますが、まずはリハビリテーション科外来までご連絡いただければと思います。
画像:自家嗅粘膜組織移植の適応基準について