〔特集〕
発達障害者の感覚の問題に関する調査研究
研究所 脳機能系障害研究部 発達障害研究室長 和田 真


 研究課題の概要
研究期間:平成30年5月〜令和4年3月
研究代表者:和田真
部門間連携先:発達障害情報・支援センター
連携内容:本センター発達障害情報・支援センターと連携して下記のことを行なっています。
1)発達障害者の感覚の困りごとに関するアンケート調査を実施
2)結果の分析(どのような感覚の問題が生じて、どのような対処をしているのか)
3)感覚の困りごととその対処法を広く共有することを目的に「困ったとき、どうする」集(仮称)を作成

 研究の背景
 発達障害における「生きにくさ」として、社会性・コミュニケーションの問題が広く知られている一方で、感覚面で様々な困難が生じることが注目されています。例えば、当事者研究にもとづく書籍等からも「雑踏の中で話し相手の声が聞こえづらい」「球技が苦手」「服のタグが苦手」といった様々な困難と直面していることを窺い知ることができます。近年の研究から、これら感覚の問題の背景には特有の感覚・認知特性があることがわかってきました。例えば、発達障害のうち自閉スペクトラム症(Autismspectrumdisorder,ASD)の方では、状況次第で、視覚情報と聴覚情報の統合に問題があり、それが会話場面での言語理解を悪化させている可能性が考えられています。しかし、様々な困りごとについて、背景にある認知特性との対応関係は、いまだ明らかになっていません。障害特性の背景を明らかにすることは、オーダーメイド的な環境調整や発達支援を実現可能にすると考えております。そこで、我々は、当事者の方の感覚認知の特性と、日常の困りごとのつながりやセルフケアを明らかにすることを目的に、本研究課題では、感覚の問題に関するWEBア ンケートを実施しました。

 研究の方法
  本調査では、発達障害者の感覚の問題が、「いつ」「どこで」「どんな感覚種別で」「どのような」問題が生じ、「どんな対処」により軽減するのかについて聞き取るために、選択肢と自由記述を組み合わせた質問票を作成しました。質問項目は、当事者や医療関係者・研究者・行政官らが参加する発達障害に関する工学的支援の促進を検討する有志の勉強会(OhToT)の協力を得て作成し、国リハセンターの倫理審査委員会の承認を得たのちに、発達障害情報・支援センターのWEBサイトに調査票を掲載して、記入を募りました。その結果、平成31年1月時点で431件のデータが集まり、その内容を集計・検討しました。

 結果と考察
 「最もつらい感覚の問題」として、聴覚が全回答の半数近くを占めることがわかりました。続いて、視覚や触覚に関する問題などがみられました。一方「二番目につらい感覚の問題」となると、視覚や触覚、嗅覚の問題など他の感覚に関する回答が多くなりました。このことは、発達障害の方は、様々な感覚の問題を感じている一方で、日常環境の中で、生活の質を落とす原因となっているのは、聴覚の問題が大きいことを示しています。また、回答の精査から、ASDの方では、最もつらい問題として触覚の問題が少なくないこともわかり、特有の感覚特性が背景にあることを示唆しています。
 聴覚の問題としては、1)大きな音や不意に生じた歓声が苦手、2)赤ちゃんの泣き声や電子音、機械音など高周波の音が苦手、3)周囲の雑音など注目すべき音以外も大きく聞こえてしまう、4)たくさんの人がいる場所などで会話の聞き取りが困難、といったものが多くを占めていました。大きく分けると、聴覚の過敏と聞き取り の困難(選択的聴取の困難)です。前者について、多くの方がノイズキャンセラーつきのイヤホン等で対処される実態が明らかになる一方、触覚の過敏の並存により、その対処が難しい方もいらっしゃることが浮かび上がってきました。また聞き取りの困難については、聞き返しや環境調整で対処している様子が伺えましたが、抜 本的な解決策はなく、今後の対応が必要なことがわかりました。
 視覚の問題としては、1)強い光やチカチカした光が苦手、2)視覚情報の選択や読み取りが困難、といったものが挙げられていました。前者については、サングラスやカーテン等による遮断で対応することが多いようです。しかし、後者については、環境調整は試みられているものの抜本的な解決策はないようです。
 このように、視覚の問題と聴覚の問題については、感覚の過敏の問題と情報の取捨選択の問題に大別できるところは、聴覚と視覚の問題に共通性があるのではないかと考えられます。
 一方、触覚の問題については、服のタグが不快であるなど服の性状や形状に関するものが多く、聴覚や味覚では、特定のニオイや味のものをつらく感じられることが多いこともわかりました。

 結論と今後の展開
  本調査から、日常生活上で、大きな問題となっている感覚の困難とその対処法が浮かび上がってきました。病院との連携により、当事者の方に、実験参加いただくことで、その感覚・認知特性とその困りごとの関係を明らかにする研究も進めていきたいと考えております。さらに、本研究の成果を「困ったとき、どうする」集(仮)として公表することで、どのような対処や支援が有効であるか、啓発や情報共有を促進するとともに、感覚の特性に応じた発達支援や支援機器の開発に向けた検討も進めてまいりたいと考えております。