〔トピックス〕
障害インクルーシブ災害リスク軽減の国際動向
研究所 障害福祉研究部 北村弥生

 本稿では、「障害インクルーシブ災害リスク軽減(あるいは、障害インクルーシブ防災、DIDRR: Disability Inclusive Disaster Risk Reduction)」の国際動向について、リハビリテーション・インターナショナル アジア太平洋会議(2019.6.26−28、マカオ、中国)での発表を中心に紹介します。
 DIDRRの必要性の根拠として引用されるのは、「東日本大震災による障害者の死亡率2.06%は全人口の死亡率1.03%に比べて2倍」という数字です。特に、宮城県で障害者の死亡率が高く、地域で自立生活をする者が多いためと推測されています。つまり、病院や入所施設から地域に戻る際に、以下の3項目の準備が期待されます。@居住地域の災害リスクの確認と地域防災訓練への参加、A避難所までの経路・避難方法・避難所環境の確認、B避難生活で必要な物品・方法・支援者の準備。

 すべての人のための火災時の安全 (Joseph KWAN、C.J. WALSH)
 このワークショップは、ISO21542「建築物のアクセシビリティとユーザビリティの規格」の改定作業において、「すべての人のための火災時の安全」を新項目として準備していることを契機に企画されました。他に、「子ども」、「住宅」が新項目として取り入れられ、「子ども」に関連して学校における火災時のアクセシビリテ ィにも規格ができる見込みです。
 「すべての人のための火災時の安全」を考える枠組みは、「場面」と「人的な特性」の2軸のマトリックスから成ります。場面は、建物、道・公共空間・輸送方法(バス、タクシー、電車)、船、交通機関の乗り継ぎ場所に分けられました。人的特性は、高齢者、障害者(視覚、聴覚、肢体、精神・認知、心理)でした。心理的特性では、例えば、非常階段の壁がガラス張りの場合は、高所恐怖症の人は使えないことに配慮を喚起しました(キューバのホテルの事例)。
 アクセシブルな建築物の好事例として、ビッグ・アイ(大阪)の写真が紹介されました。特に、建物の外周を取り囲むスロープは、「バリアフリー建築は美しくないという風説を打破する」と称賛されました。

 アジア太平洋諸国におけるDIDRR
 行政(マカオ)、作業療法士協会(フィリピン)、特別支援学校(タイ、教育省)、インドネシアと日本の研究者からの発表がありました。ここでは、取り組みが進んでいる日本とタイの発表について紹介します。

(1)日本における地域防災訓練への障害者の参加(北村弥生)
 日本の防災訓練の概要(消火器操作、バケツリレー、三角巾の使用方法、毛布担架の作成方法)を示した後、車いす利用者が体育館に入るときに、入り口の3段の段差を越えることに関わる6年の経験を紹介しました。取り組みを始めた当初は、設定した目標課題に対し、期待と異なる解決策が地域住民から提案されましたが、6年目には期待通りの解決策が地域住民から提案されるようになりました。それぞれの立場を考えながら、急がずに継続することが重要であることを伝えました。
 車いす利用者のほかに、聴覚障害者(手話通訳、筆談、アナウンス内容の掲示)、全盲者と盲導犬利用者(ガイドヘルパー利用、町内会での事前交流会)、発達障害者(スタッフとして参加)などの参加を得て、それぞれの配慮方法が蓄積されています。防災訓練の閉会式で障害当事者を紹介すること、中学生・大学生に事前研修をして介助を依頼することも行いました。
 7年目の2019年には、所沢市の自立支援協議会、危機管理課、障害福祉課、美原小学校、町内会の協力を得て、精神障害者の通所施設とグループホームから当事者7名、職員等6名の参加を得て、小学校のトイレ確認と起震車の体験、消火器訓練を行いました。

(2)タイ教育省が主導する特別支援学校から始める防災訓練
Nantanoot SUWANNAWUT博士(教育省、学術専門官)

 アジア太平洋諸国では地域防災訓練はあまり行われていません。例えば、タイでは、雨季に増水し生活が変化するのは当然と考えられるからです。ただし、気象変動により、被害が増強したために防災対策への注目は高まっています。特に、障害者にとっては災害準備は必須です。そこで、タイ教育省は2016年に「特別支援学校 におけるDIDRR事業」を始めました。
 発表者は全盲で、「ダスキン・アジア太平洋障害者リーダー育成事業」研修生として日本に滞在して得た人脈を介して第3回国連世界防災会議(仙台)に参加しました。そこで、仙台防災枠組が採択される経過とDIDRRセッションの記録に従事した知見から、教育省に奉職した機会に本事業を企画しました。
 事業は、@学校避難計画を作成するためDIDRRマニュアルとガイドラインの作成、A 日本から講師を招聘して、学校代表者を対象としたDIDRRワークショップの実施、B特別支援学校全176校へのDIDRR活動を行うための資金提供、C各学校における避難計画に基づいた実践活動の集約から構成されています。
 この事業の成果として、特別支援学校におけるDIDRRの理解が広まり、避難訓練が実現しました。特別支援学校が開発した訓練技術やDIDRRマニュアルを、避難訓練や避難計画作成に取り組んでいない普通学校や地域にも広めることが期待されています。

 マカオ市街のバス停留場
 近年、マカオ(中国)では巨大台風の襲来が続き、人的物的に大きな被害が出たため、政府も災害に強い街づくりを開始しました。避難所に指定されている大きな公共体育施設(塔石体育館)の前にあるバス停留所の画面の下3分の1(図1)には 行政区における防災体制の解説動画(10分程度)が表示されていたのは広報とし て有効と感じられました。

図1 マカオ市内のバス停
留所に表示された防災情報